一般的に観光分野において、市場におけるフィリッピンの評価は高いものではない。経済の発展の程度や、市場の成熟度によっても、観光市場としてのフィリッピンの価値が決まるが、他の東南アジア諸国と比較する場合、インフラや産業の発展の度合いも含めて相対的に劣るというのが一般的な相場でもあった。これは、①治安の問題も含めて、観光客にとり必ずしも安全な市場としてみなされてこなかったこと、②汚い、不健全、何が起こるかわからないという(必ずしも根拠のない)漠然とした懸念やパーセプションが存在したこと、③一部島嶼群島の自然と海を前提とした観光地を除き、都市部にはめぼしい観光資源に欠けていること等の事情があったことも関係している。
この結果、外国人のビジネス・観光客の集客力はまだ弱い。2012年統計ではフィリッピンを訪問した外国人は427万人であり、その他の主要東南アジア諸国(インドネシア、タイ、シンガポール等)と比較すると大幅に劣後している(来訪客の国別データによると主要な所は、韓国23%、米国10%、日本9%となる)。リゾートとしての知名度や外国人集客力は他国と比較すると魅力は少なく、まだ貧弱と言わざるを得ない。フィリッピンではカジノ施設は主要ホテルや観光地に存在するのだが、外国人観光客は限定され、顧客の過半は地元の顧客でもあり、フィリッピン人によるフィリッピン人のための遊興施設がカジノ・ゲーミング施設の本質でもあった。
一方、2011年以降、新たな動きの兆候もある。Pagcor社の従来のライセンス事業とは異なる枠組みで実現したResort World Manila社は香港のGenting Hong Kong社の出資となるカジノ・ホテル事業で、マレーシアのGenting Berhard社が実質的な所有者となる施設である。マニラのアキノ国際空港新ターミナルから至近距離の場所に、2011年新たな高規格のカジノ・ホテルを建設・運営を開始したが、意外なほどの成功を集め、注目を浴びている。フィリッピンの賭博市場の規模は粗収益(GGR)レベルで年12億米国㌦規模に達したと想定されている(出所:Union Gaming Macao社資料)が、この内の半分はResort World Manila社が稼ぎだし、残りをPagcor社と従来のPagcor社のライセンス事業者が稼ぎ出した。2011年Resort World Manila社は純収益ベースで6億5900万米国㌦、EBITDAベースで2億1400万米国㌦の収益を上げたが、これはROIで約40%に達しうる高利益となることを示唆している。ゲーム関連税は粗収益に対し15%であり、他国と比して、高いレベルには無い。かかる事情により、外国からの集客を担うジャンケットに対し、キャッシュ・リベートやコミッションを相対的に高く支払うことができるという制度的なメリットが生まれている。これを梃に必ずしもハイエンドではないが、一定の中間的な海外優良顧客層(VIP)を惹きつけたことが、同施設の収益増につながったと想定されている。GentingのResort World Manila社は、他のフィリッピンのカジノ・ゲーミング施設と比較した場合、格段に高規格施設でもあり、施設レベルとサービスの質が高いことが特徴で、外国人顧客の集客にまだ成功していないフィリッピンにおいて、パイオニアとしての動きによりアドバンテージを取得したという事情もある模様だ。この結果、フィリッピン市場でも、しっかりとした質の高い施設やサービスを提供することができれば、相応の集客と営業成果を出すことができるのではないかという評価も出始めている。勿論これは今後の制度の在り方や、他の東南アジア諸国との競合にも依存する側面もあろう。
この成功が明らかになる前の段階で、フィリッピン政府は、マニラ湾の一部100Haを埋め立て、ここにエンターテイメント市を設立する構想を立てた。ここに4つの統合型リゾートを建設するという壮大な計画になり、入札の結果4社を選定し、ライセンスを付与している。一方、Pagcor社はこれらリゾート施設計画が軌道に乗れば、2016年までにフィリッピンのカジノ市場は粗収益レベルで100億米国㌦市場に発展すると公言しているが、これではマカオの1/3程度の規模になることにより、あまりにも楽観的すぎるとする意見が多い。アジアの中では、フィリッピンは、①飛行機の便数や主要外国都市からの利便性を考えると地理的にアクセスが難しいこと(中国広東州から2.5時間、シンガポールから3.5時間になる)、②中長期的にも社会的治安の安定性に今一つ懸念が存在すること等は発展の制約要因になるのではないかとみられているが、その可能性は今後の同国の政治的、経済的、社会的安定度如何であろう。