フィリッピンは、カジノ・エンターテイメントに関しては、長年にわたり極めてリベラルな考えをとった制度を保持してきたが、自国民を中心としたローエンドの顧客が多く、外国人旅行客や富裕層VIPを誘致できる魅力ある施設ではないことが過去の現実でもあった。一方、シンガポールやマカオ等の巨大観光施設開発に触発され、フィリッピンにおいても巨大な複合観光施設開発の動きが生じつつある。これがマニラ湾カジノリゾート・プロジェクト(Manila Bay casino resort project)で、バゴン・ナヨン・マニラ湾観光都市構想(Bagong Nayong Philipino Entertainment City Manila)とも呼称されている。約85ヘクタールのマニラ湾の埋め立て地区に、数フェーズでの開発を予定しているもので、総投資額$100億米㌦、国際レベルの様々な施設、豪華ホテル、会議場、最新の劇場、スポーツ・スタジアム、レストラン、ショッピング・センター、文化コンプレックス、アミューズメント・パーク、世界でも最も高い観覧タワー等のアメニテイ―を含む一大複合観光施設群の実現を期待している。現状6,000室のホテル能力が倍になり、年300万人以上の観光顧客を呼び、25万人の雇用創出を企図するもので、ゲーム施設は総施設面積の約5%程度となり、マカオにはない、ビーチ、安価なゴルフ場が新たに建設され、ここを起点に多様なリゾート観光地域にも顧客を呼び込むという壮大な考えになる。
2008年にPagcor社は公募条件を開示し、最低10億㌦以上の投資をすることを参加の条件とし、同年概念設計公募を実施し、7社が応札、内4社の概念提案が了承された。落札したのは①Bell Corp、②Traveler’s Hotel International Group Inc.、③Universal Entertainment(日本)、④Bloomberry Resorts & Hilton Inc.である。各社とも平均米国$20~30億㌦の投資をコミットしたというが、その内容・条件等は必ずしも明確ではないし、公表されていない。2010年3月、当時のアロヨ大統領は、このマニラ湾の一角地域を正式に観光経済特区に指定、この結果、同地域における開発事業は、土地に関する国税・地方税は免税、所得税は5%の恩典措置が与えられることになった(因みに、ゲーミング課税はゲーミングに関する総粗収益の25%が想定されている)。自国民を主体としたマス・マーケットではなく、外国人旅客を集客し、消費させる魅力のある複合観光施設区域を首都マニラに設け、巨大な再開発を実現するという広大な構想になる。一部開発・建設行為は既に着手され、2013年3月にBloomberry ResortによるSolaire Manila(12億㌦投資規模)が、オープンし、その推移に注目が集まっている。その他3グループの内、Bell Corpは香港/豪州のMelco Crown Entertainment社と連携、Traveler’s HotelはそもそもGenting Hong KongとのJVでもあり、Universal Entertainment(投資会社経由40%)もAlliance Global/Robinson Lard Corp(60%)と連携し、いずれも現地財閥+外資の構図として開発を進めようとしており、これら施設群が当初の目論見どおり成功するか否かは、今後の大な課題となりそうである。
フィリッピン市場の今後をどう評価するかに関しては意見が分かれる。中間的位置にある市場は、確かに発展のポテンシャルがあるとはいえ、潜在的なハードルはまだ高いからである。即ち、
① フィリッピン市場の特徴は、ハイエンドの顧客や観光客を集められる環境、インフラ、制度がまだ十分に整っていない点にある。統合型リゾートとなるIRやMICEの成功は、様々な高規格施設や高いサービスの質、しっかりとしたインフラ施設等に支えられている側面も存在し、国内外を問わず、どこまで質の良い顧客をどれだけ惹き付けることができるか、如何なる観光客層を集客することができるかがフィリッピン市場の課題であるといっても過言ではない。
② フィリッピンはシンガポールやマカオとは異なるミドルエンドのVIP層をターゲットにすると考えられ、カンボジアと類似的な戦略になるが、カンボジアよりは明らかに優位な立場にある。但し、中途半端なポジションであることには間違いない。逆に、この立ち位置が新たな、まだ十分に開拓されていないアジアの国々の顧客層を開発できるとする考えも存在する。
③ 一方、カジノの運営に係わる制度や規制の在り方は明らかに透明性に欠けると共に、適切な市場規律が機能しているかに関しては懸念が残る。かかる状況下で、先進国事業者がこの市場におけるコンプライアンス上のリスクをとって投資を実行するかは必ずしも定かではない(米国系事業者は、フィリッピンにはコンプライアンス上の制度的リスクがあると判断し、見向きもしていない。結果、アジア系資本と現地資本が共同でこれら事業に参加しつつある)。この意味では、巨大プロジェクトの全てがそのまま実現するかどうかには課題も多い。
Pagcor社試算によれば、この市場の展開が予想通りに進めば、実現した段階でフィリッピンは年12.55億㌦市場になり、マレーシアを抜く巨大なエンターテイメント市場を構成するとの予測だが、既にこの計画には大きな遅延が生じており、果たしてこれが現実のものになるか否かは予断を許さない。