インターネット賭博は米国市場をベースに発展し、欧州・アジアに展開していったのだが、米国内部では、かかるネット賭博の法律上の位置づけは当初から極めてグレーでもあった。歴代の連邦政府・司法省はその違法性を主張し、FBIと共に、一部米国系事業者あるいは外国事業者で米国に滞在中のネット賭博事業者の経営者を逮捕・摘発する動きをとってきたが、単発的な動きでもあり、完璧な法の執行がなされてきたわけではない。連邦議会においても、何らかの形で法的措置をとり、追加的規制をすることの必要性が長年にわたり議論されてきたという経緯がある。
一方、2006年9月30日、米国下院はこのインターネット賭博を米国内において禁止する法案を採択、ブッシュ大統領が著名し、成立した(「違法インターネット賭博執行法」、Unlawful Internet Gambling Enforcement Act, 通称UIGEA。全く関係ない港湾安全法のVIII章として、会期末のごたごたの中で付け加えられたという経緯もある。31 USC Sec 5361-5367)。この法律により、①賭博業に従事している者がインターネットを通じて送金される賭け金支払をこの事実を知った上で受領することが禁止されること、②財務省並びに連邦準備銀行に対し、司法省と連携し、法律成立後270日以内にクレジット・カード発行体ならびにその他の金融仲介者に対する(一定の特定支払メカニズムを含む)規則を制定し、これら支払の受領を特定化し、支払をブロックする合理的に考慮された政策と手順を制定すること、③財務省ならびに連邦準備銀行がかかる特定化と支払ブロックが難しいと合理的に判断する場合には、一定の取引や支払メカニズムは規制の対象外になること、④連邦政府並びに州政府の関連法執行官に対し、(起訴されたか否かに拘らず)暫時的禁止命令、強制命令を含む権限を認めることが規定された。2007年10月に連邦財務省は規則案を提示、公開意見募集を経て、2008年11月12日に規則としてこれを交付している。法律上の義務者を特定金融事業者とし、一定の支払いシステムの参加者が、非合法ネット賭博に関連した取引を特定し、これをブロックし、防ぎ、禁止する方針と手順を定めることを義務づける内容である
ネットそのものは規制できないが、ネットで賭博を行う場合、最終的な賭け金の決済に関しては必ずリアル・マネーを動かさざるを得ず、この時点で居住者国の金融仲介者が必ず介在する。この金融仲介者をしてネットを通じた賭け金に係わる支払いを特定化させ、ブロックさせるという法律上の義務を課してしまう考えになる。即ち規制の対象はネット自体ではなく、ネットを利用した決済を担う米国における金融機関や金融仲介者となる。米国に本拠を置くあらゆる金融機関、クレジット会社等金融決済に係わる主体は、別途連邦政府の認可を得た事業者でもある以上、本来の事業を守るためには、いやでもこの規定に従わざるを得なくなる。決済関係を抑えることにより一網打尽でネット賭博を排除する、あるいは抑止することを考えたわけである。もっとも、この規制が果たして効果的に機能するのかに関しては法制定前後を通じ、種々な議論があった(支払いの対象がネット・ギャンブルか否かを確認する手段・能力を金融関連事業者が保持することができるのか、どう判断できるのかという問題にも関連する)。また、もし米国民個人がオフショアに銀行勘定を持ち、これを決済に使用したならば、外国間での決済行為になり、米国法の適用は難しくなってしまうことになる。
2009年12月30日に、米国財務長官と米国連邦準備銀行総裁は、法が要求する法順守の実施期限を合意により、半年ずらし、2010年6月1日から施行することを決定した。これは、何が違法で、違法でないか様々な解釈行為があり、金融部門に対し、曖昧かつ負担の多い規則であることより、時間をかけて準備せざるを得なかったという事情があったからである。結果、2010年6月1日に運用細則が制定され、同日から施行されたが、法制定後、施行されるまでに何と4年もかかったことになる。尚、法が施行された後、比較的短期間の間に、外国をベースに米国民にネット賭博を提供していた大手ネット・カジノ事業者は米国市場から撤退した。また、クレジット・カード支払いのブロックは普通の米国人に対しては強力な抑止効果をもたらし、短期的にはネット賭博需要自体を減少する効果をもたらした。強力な市場に対する抑止効果があったことになる。一方、大手金融機関等の金融仲介者は、違法行為を特定化する義務があり、関連しうる決済は大きく縮小化したという事実もある。表面的には、その後法の施行は順調のようであったが、実態は、海外から継続的に米国市民に対しネットによる賭博サービスを提供する事業者は雨後の竹の子のように生まれており、連邦法による禁止規定にも拘わらず、現実には米国人はネット賭博に継続的に参加している模様である。法はインターネット賭博に参加する個人を刑罰の対象にするものではないため、違法という意識が根付かないのであろう。
尚、連邦司法省及び一部州政府はUIGEA及びその他の連邦賭博関連法を根拠とし、法施行後、単発的に関連しうる(外国)事業者で、米国内で活動していた主体等を逮捕、摘発しているが、必ずしも組織的な法の執行がなされているとも思えないのが現実である。