オンライン賭博規制に関し、2009年から2010年にかけて、欧州司法裁判所(ECJ)は二つの類似的な、一貫性のある訴訟判決を下している。これが今後の欧州におけるオンライン賭博の一定の方向性を決めることになるのではないかと市場では判断された。一つはポルトガル、一つはオランダだが、訴因はいずれも国営会社がオンライン賭博市場の一定セグメントを独占している状況で、欧州の別の国でライセンスを得て認知された企業が、欧州条約における域内サービス提供の自由という原則からサービスを提供した所、政府から訴訟されたり、逆に民間事業者が国営会社を告訴したりしたケースである。概要は下記になる。
① Liga-Bwin社対ポルトガル政府事案判決(2009年9月):
ポルトガルでは、インターネットを通じた宝くじ、ロト、スポーツブッキング等を組織・運営する独占的な権利を国営の非営利団体であるサンタ・カーザ社(Santa Casa da Misericordia de Lisboa)が保持している。ジブラルタルのライセンスを持つオーストリアの大手インターネット賭事業者ビーウィン(Bwin)社が、ポルトガルの非営利団体であるフットボールリーグ(La Liga)と提携してフットボールに関するスポーツブッキングをポルトガル国民に大々的に売り込むに至ったが、これら二社は、独占権を侵害し、違法にポルトガル国民に賭事を提供したかどで同国政府により起訴され、罰金を科されたため、逆にこの二社がポルトガルの裁判所にポルトガル政府を訴えた事案である。ビーウィン社は、これらのサービスをポルトガル国内で提供することは域内単一市場創設を目的としたEU法に照らして合法である旨を主張、その後、事案は欧州裁判所に持ち込まれた。同裁判所はEU加盟国が詐欺やその他の犯罪を防止する目的でインターネット賭事事業者に制限を課すことは、EU域内でのサービス提供の自由の原則に抵触しないことを再確認し、ビーウィン社の主張を退けた。判決文は「…加盟国が、自国に参入する ビーウィン社等の民間事業者の他の加盟国での実績、即ちそれらの業者が既に、その本国内で原則として法的条件や規制を遵守しつつ、インターネットを通じた当該部門のサービスを合法的に提供しているという事実だけでは、将来自国の消費者がそうした事業者による詐欺やその他の犯罪のリスクに対して保護されることの十分な保証にはならないと考えるのは、ごく当然のことと認められる」と指摘した。
② Ladbroke社対オランダDe Lotto社事案判決(2010年6月):
オランダでは、非営利の国営企業であるDe Lotto社がインターネットを通じたロトやスポーツブッキングをオランダ国民に独占的に提供し、外国から類似的なサービスを提供することは認められていない。一方、英国の賭博事業者Ladbroke社は英国でインターネット賭博ライセンスを取得しており、英国の規制は不正・いかさま、賭博依存症対応等に関し、厳格な規制があり、かかる欧州域内の規制の正当性はオランダにても認知されるべきで、欧州法に基づき国境を跨り同じサービスを提供することは正当化されるべきとオランダの国営独占賭博事業者であるDe Lotto社を提訴し、事案が欧州裁判所へと持ち込まれたものである。この判決は上記Liga-Bewin判決と同様に、オランダ政府が国内においてオンライン賭博の不正や犯罪を根絶するために必要と見なす場合にはこれを規制し、禁止できるとし、一企業が一国の国民に他の加盟国にて取得しえた合法性を理由にサービスを提供するのみでは、消費者を保護するには不十分とした。インターネットによる賭博の提供は、消費者と運営事業者の間に直接の接触が無く、伝統的な陸上設置型賭博と比較すると、運営事業者によるいかさま、不正のリスクはより高いとしている。もっとも欧州裁判所は、もしオランダが賭け事を実質的に推奨し、商業的にこれを拡大する政策をとっているとしたならば、かかる施策は一貫した賭博規制の考え方にはならないとし、De Lotto社の行動が過剰か否かはオランダ国内法廷が判断すべきと留保している。
いずれの判例においても共通しているのは、欧州では賭博行為は国レベルでの規制の対象になるが、欧州レベルでは現状は規制の対象にはならないという考えになる。
即ち、
① 賭事事業分野では、EU域内に係わる統一的なルールが存在しないため、各加盟国は自由にこの分野での自国の政策を設定することができるほか、適宜、自国が目指す国民を保護する水準を詳細に規定することができる。
② EUでは一国の国内でサービス提供の自由を制限することは、それに優る重要な公益上の理由があるという事実により正当化できる。即ち、犯罪・いかさま・弱者保護等を防止するという政策目的は、市場を制限することの正当な理由となる。
③ 賭け事の独占的運営権の付与は、条件付きながらEU法上では合法となる。またEU各加盟国には、他の加盟国が付与した賭事免許(ライセンス)の使用を認める義務はない。
果たしてこの前提が何時まで続くかは、各国の政策的事情や今後のインターネット賭博市場の展開の在り方にもよると思われ、必ずしも将来に亘り確定的とは言えないことを理解する必要があろう。