賭博行為の制度化はTotoを議員立法で実現した最近の事例でも理解できるように、政治主導による立法政策として実現してきたことが我が国の基本でもあった。現行の刑法で違法となる行為を、新たな法的措置で正当化し、制度を創設する場合には、立法政策としての政治的な意思がなければ、実現できるわけがないということでもあろう。事実、行政府たる省庁が刑法の例外規定を政策として主張することはおかしい。よって、イニシアチブを取れるのは行政府(官僚組織)ではなく、立法府以外にはない。新たな賭博法制として議論の対象となるカジノの場合も同様である。
さて、立法府において、カジノ(ゲーミング)を新たなエンターテイメントとして位置づけ、この制度化を図るという考えは昔から一部与野党の議員の間にはバラバラに存在した。これが議員の運動として組織化されたのは、平成14年12月に当時政権与党であった自由民主党の議員有志が「カジノと国際観光を考える議員連盟」(委員長:野田聖子衆議院議員)を設立したことがその嚆矢となるといってもよい。当時議員130名の賛同を得て、この議連は、都合3年、27回の会合をその後開催するに至っている。平成16年3月以降、議連は与党内部で議論を詰め、関連する省庁との意見交換やヒアリング等を踏まえ、平成16年6月に議員連盟としての「基本構想」を発表した。省庁との議論を経た上で、国会議員の意思としてカジノを制度化するという初めての構想の発表になり、当時内外の注目を集めたという事実がある。これが一つのモメンタムとなったのだが、その後動きが鈍くなったのは、わが国では、ほぼ2年毎に選挙があり、選挙がある度に、政治家の動きが不活性化するからである。必ずしも票には結びつかず、逆に説明の仕方を失敗すれば、国民の反発を招きかねない側面があるために、国会議員もどうしても慎重になる。かつ、国民生活にも必須の法案とは見なされないために、優先度は劣り、どうしても、後ろにおいていかれてしまう政策の一つになってしまう。与党自民党や国論を二分した平成17年の郵政民営化とこれに続く、衆議院解散、政局の混乱は更に、これに拍車をかけることになった。
新しい政策提案はやはり、政局が安定し、世の中の先を考える余裕ができないと動かない。上述した議連の動きは、政党の幹部への報告や働きかけを含むものであったため、自民党幹部がようやくこれを認知し、政権政党による一つの政策として党として正式に検討することを決めたのは平成17年末から平成18年初頭にかけての話になる。この結果、党の正式な機関として、平成18年2月に政務調査会の観光特別委員会(委員長:愛知和夫衆議院議員)の下に、カジノ・エンターテイメント検討小委員会(小委員会委員長:岩屋毅衆議院議員)が設けられた。政権与党としての立法化に向けての正式な検討機関を設けたということになる。この小委員会は1年半の間に都合17回の会合をもったが、平成18年通常国会中に、省庁からのヒアリングを含む集中的な検討を行い、平成18年6月に観光特別委員会・カジノ・エンターテイメント検討小委員会の合同取り纏めとして、「カジノ・エンターテイメント導入に関する基本方針」を策定・公表している。議連の基本構想とは異なり、政権与党の政務調査会による基本的な立法に向けての大きな枠組みを決める内容でもあった。もっとも、党の機関決定までに至る手順はなされず、観光特別委員会及びカジノ・エンターテイメント検討小委員会の合意事項に留まっている。主務官庁の選定や、国の機関の在り方、国と地方のあり方等の基本的な項目は詰めきれておらず、部会や総務会に上げ、党としての機関決定をするには未熟と判断されたためでもある。公党による正式な検討は、立法化に向けての大きな前進となるのだが、政権の不安定化、政局の混乱は、以後、詳細な詰めの段階になると、肝心の具体的な議論がなかなかうまく進まないという状況をもたらした。平成18年には小委員会の委員長であった岩屋毅議員が政府(内閣)に入ったため、平成18年12月に野田聖子衆議院議員が小委員会委員長となり平成19年になり、小委員会は再開されたが、実際の動き、進展は殆ど見られず、結局平成19年12月に岩屋毅衆議院議員が再度小委員長に就任している。
平成20年2月には与党政策責任者会議で検討小委員会の現状報告がなされると共に、野党との連携・協力も模索されるように事態が展開した。検討小委員会が公明党に対し、ブリーフィングを実施すると共に、同年2月には民主党の議員連盟である「娯楽産業健全育成研究会」が自民党検討小委員会幹部を招聘し、カジノ基本方針を議論した。これら活動の結果、与野党連携の機運が高まり、会期末となる平成20年6月には、与野党(自民党、民主党、公明党、国民新党、無所属)の有志が参集し、同年秋の臨時国会以降、超党派での研究会立ち上げを図ることで合意するという経緯になった。与野党の勢力が競い合う国会においては、超党派による議案の立案と推進は、議案実現のための王道でもあるからである。平成20年上半期までは、与野党連携の模索が加速化し、超党派議連への機運が高まったのだが、同時に、自民党政権の混乱と自民党自体の弱体化、政局の動き、解散・総選挙のうわさ等で身動きがとれない状態が継続した。時代の流れは、自民党自体の政治力を弱め、結果的に平成21年の解散、衆議院総選挙、そして政権交代へともつれこんでいったのが実態となる。この間、カジノ法制化の動きに進展は見られず、議論は低迷してしまった。