新しい制度の枠組み創出には政治的なイニシアチブは絶対要件になる。但し、より詳細の実施の在り方や規範の詳細等に関しては、行政府の関与と協力が無ければ何も制定できないし、政治家だけで全てを取り決められるということではない。カジノを巡る立法府の議論も、本来政府との表裏一体の議論と行動があってしかるべきだろうが、時の政権の勢いや意気込み、あるいは政党による政策的意思等によっても政府との対応の在り方が微妙に異なり、必ずしも一貫性のある行動はとられていない。政治家によるイニシアチブに対する政府の反応は下記に要約できる。
① 刑法の違法性を阻却する仕組みに対して、政府は常に消極的であり、この問題に関し、特定省庁が自らの意思、判断により積極的に動いたという経緯は一切無い。立法府による強い意志と支援が無い限り、特定省庁が刑法規定を変える政策を自ら主張するということはありえない(誰も火中の栗は拾わない)。
② 自民党の議員連盟は、過去、法務省に対し書面で問い合わせを実施したが、「立法府が違法性を阻却する新たな立法措置を考慮する場合には、応分の協力はする」というもので、その後の国会における法務大臣発言、あるいは超党派議員連盟質問状に対する法務省回答、特区提案に関する法務省見解も全く同一であり、法務省はこの基本的スタンスを従来から一切変えていない。2011年5月26日付超党派議連に対する法務省回答も「法務省としてはこれまでも刑法を所管する立場から、賭博に関する立法について意見を申し述べてきたところであって、現在もその方針に変更はない。法務省としてはかかる観点から協力したいと考えており、それに必要な体制をとってまいりたい」旨再確認している。動くか否かは立法府の意思次第ということになる。
③ 国会議員による議員連盟による行動は、政治的な行動ではあるが、政府や政党を巻き込んだ実現性や実行性の高い事案でない場合には、単なる議員のお遊びと判断する傾向が霞が関では強く、関係省庁は真面目に検討しないのが通例である。政府が検討を始めるためには、議連自身が強力な枠組みで、議連の考えの実現性が高いことが必須の要件でもある。
④ 議員連盟が関連する省庁とヒアリングを実施した際に、関連しうる省庁から書面にて見解を取り付けたことが過去数回存在する。当然のことながら反対する省庁はおらず、立法化に際しては、応分の協力はするといいつつも、積極的な行動はとっていないし、現実にとらなかったというのが実態であった。
上記の様に、協力はするが自らは積極的にならないという官僚組織の態度は、議員の任意の集まりでしかない超党派議員連盟の力量を図りかねていたということであろう。自民党が政務調査会で本格的に検討した2006年、2012年は関係省庁から必ず参事官以上を会合に陪席させていたが、2012年の民主党政策調査会は官僚の陪席を拒否している。官僚組織を陪席させ、情報を共有し、政治の意思を関係省庁に見せることは、一定の緊張と協力関係を生むことになり、それなりの効果はある。これは「政治主導」とは何かとする政党間の考え方の差異であるともいえる。
一方、政治の動きに呼応する政府の対応も(特に民主党政権時代は)行き当たりばったりの対応でしかなかった。2010年1月の行政刷新会議・「規制・制度改革に関する分科会」中間取り纏めでは、「カジノを運営する場合においても適用除外とする方策について、関係府省の連携の下、検討すべきである」とし、2011年度より検討開始とされたが、現実には何も起こっていない(そもそも行政刷新会議ではこの問題に関する知見も、経験も無く、政治家に言われ、書いただけであったのだろう)。2010年6月の国土交通省新成長戦略の中では「カジノの検討も前向きに」とされ、同年9月の閣議決定された「新成長戦略に向けた三段構えの経済対策」においては付帯文書内に「観光振興を初めとした地域活性化」として「11民間事業者によるカジノ運営の解禁」とある。また、2011年10月26日の衆議院国土交通委員会では、みんなの党柿澤議員の質問に対し、国土交通大臣は「IRは推進していく」と明言し、観光庁長官も「議連の動向も踏まえ対応する」と回答した。一方、2011年12月6日の参議院予算委員会において、当時の野田総理は、カジノについて、共産党議員の質問に答え「政府として検討するつもりはございません」と答弁している。後刻、野田総理は議連代表に対し、議員立法という形で議連がイニシアチブを取る場合には政府として反対しないし、「協力する」と言明したという。この一見矛盾した回答は、当時の民主党政権における混乱と、この問題に関する政治的合意形成が如何に難しい問題であるかを露呈することになったといっても過言ではない。賭博関連立法が実現するためには、①政権トップの了解、②これを支える政権政党自体の支持と了解、③確実、かつ着実に政府関連省庁を関与・協力させ、官僚組織を束ねていく政治的リーダーシップが必要になる。この点、民主党政権では、これらが全く考慮されず、バラバラの対応であったことが現実となった。
現在の超党派議員連盟が検討中のIR推進法(案)は、政府に検討組織を作ることを義務付け、国会議員も重要事項の審議に参加する形で、一定期間内に実施法の成案を得て、閣法としてこれを実現することを期する内容である。法により政府を巻き込む枠組みを構築することが、政府と官僚組織を組織化し、動かす最も効果的なツールになるとする国会議員の判断でもあった。