2011年3月11日の東日本大震災の復興は未だ継続している状況にあるが、この震災を受けた地域に、新たに複合観光施設ないしは統合型リゾート(IR)の設置を企画し、民による投融資と被害にあった地域の復興・地域再生を目指すという民間主体や特定被災地域の動きが存在した。対象として主張されたのは被災にあった仙台空港と空港周辺区域で、当時国管理の空港である仙台空港のコンセッション・リースを可能とする法案が国会に上程されたことや、宮城県による空港再生・地域活性化の動きに触発され、特定の民間主体があまり詳細な検討もないままに、臨空区域へのリゾート施設誘致を主張したに過ぎない感がある。空港周辺区域を再開発し、巨大なホテル、コンベンション施設、ショッピング・モール、イベント劇場等を設け、その中核施設としてゲーミング・カジノ施設を設置することにより、集客と消費を活性化するという考えになる。空港を活用した内外来訪客や観光客・ビジネス客の来訪を期待し、カジノからの収益で着陸料を無料にし、最もコストの安い空港を実現することで、航空会社や格安運賃航空会社(LCC)を誘致し、競争力のある空港、観光施設とすることができるという奇想天外なビジョンになる。
外部から見た場合、一見空想としか思えないような仕組みも、被災にあった地域の人たちの地域再生や産業振興・地域振興に向けた思いを考慮すると無視できない側面もある。もっともこの話を主張し始めた団体は別にあり、カジノの実態やリスク、観光施設や集客施設のリスクと現実をあまり知らない人たちの考えか、なんでもよいから兎に角、箱としてのカジノを実現したいとする人たちの主張でしかなかった模様だ。事実、宮城県知事は2012年2月に、公の場で、仙台空港にカジノを設置する可能性を完璧に否定し、その後の仙台空港民営化の表の議論にはカジノを設置する可能性は全く考慮されていない。超党派議員連盟は2011年のIR法案策定の段階で、限定的に我が国に設置されるカジノからの収益で国としての取り分は、当面の間、東日本大震災の復興財源の一部にするという考えを法案に記載した。復興財源は国民全員の負担から成立するために、少しでも国民の負担を軽減し、復興のための財源を増やす意味でも、財源の使途を限定することで、ゲーミング・カジノに対する国民の賛同を得ようとする考えでもあった、但し、これはあくまでも財源の使途の問題であって、震災の被害を被った被災地に複合観光施設としての統合型リゾート(IR)を設けるという話ではありえない。
では、何が問題なのか。
① 統合型リゾートやカジノ施設は設置さえすれば、その他の事情は考慮せずに、自動的に集客をもたらし、巨額の収益を生み出す金のガチョウになるという考えは単なる妄想でしかない。観光施設が集客施設として成功するためには、一定の前提(市場、集客を可能にならしめる要件)が必要で、何もないところにある日突然集客需要が生まれ、観光客・ビジネス客が来訪すると考えるのはあまりにも非現実的すぎる。震災を受けた被災地の場合、現在何もない場所に、大規模観光集客施設や会議施設を設けるというのは、市場の実態を無視し、楽観的すぎる。まず施設ありき、箱さえ作れば何とかなるという発想では失敗する。本当に集客需要を見込めるか、市場性はあるか、事業性を担保できる可能性はあるか等を検証することが本来考慮すべき前提であろう。
② 空港は集客施設ではなく、単なるゲートでしかない。空港を利用する殆どの客は空港に滞留せず、できる限り早く目的地に行こうとする。空港に滞留する顧客はそれなりの理由とモチベーションがなければ空港周辺には滞留しないが、カジノとコンベンション施設、ホテルさえあれば、集客は実現できると考えるのは、箱モノ志向の開発戦略でしかない。人とモノの流れの実需があり始めて航空会社と空港は活性化する。
③ 上記事情を冷静に考慮すれば、被災地に大規模投資をして複合観光施設を設置する構想に、外資を含めた民間事業者が巨額の投融資を実施するであろうか。事業性が確認できない戦略的地点に巨額の民間投融資が実現できるわけがない。
政治的な救済策の一つとして、震災地域に何らかの特権を与えてはどうかとする考えは理解できるが、取られる手段の有効性、有用性、実行性の議論も検証も無く、IR(統合型リゾート)を整備すれば何とかなるとする考え方はあまりにも稚拙すぎる。目的と手段が倒錯する場合、かかる考えが実現できるはずがない。
尚、2013年に至り、再構成された超党派議員連盟は、法案に記載された収益の震災復興への充当規定をはずすべきとする意見で纏まりつつある。既に国民の負担により復興財源は別途手当ができていることと共に、政策的により必要となる資金の使途を再考することが政治的に得策になるとする考えが大勢を占めたためである。