IRは巨額な民間主体による商業施設開発をもたらす枠組みであり、IRの枠組みさえ作れば、必要資金の調達は民が何とかすると単純に考えている人が我が国には多い。確かに民間による商業施設開発である以上、その資金は(公的主体による財政支援等を一切期待せず)全て民が担うことが基本の基本でもあろう。一方、総投資額として6,000億円から1兆円に達しうる巨額な初期投資となることがIRのイメージであるとすれば、必要な資金をどう調達するかに関しても、わが国では前例のない話となり、あまり深く考えられていない模様でもある。一定率の資本金をもとに、銀行借り入れをすれば済む話と考えることはあまりにも単純すぎる。商業的賭博は我が国では前例のない、新しい産業の創出になり、案件形成に係わるリスクは大きい。この結果、資本金として総投資額の内の相当の割合(数十%以上)の資金が要求されることは間違いない。一方、例え上場企業であっても、従来の本業とは異なる新たな事業に1千億円以上の資本金を拠出できる企業が果たして我が国に存在するかどうかは冷静に検証すべきであろう。商業的賭博は期待利益も大きいが、大きなリスクもあるとみなされている環境の中で、本業を無視し、新たな事業へ巨額な資本金を注入できる上場企業がいるか否かは大きな疑問であろう。また、金融機関は何処の先進国であっても、最初にできる商業的カジノ施設の開設には(トラック・レコードも無い以上)資金を貸し出していないのが通例である。前例が無く、リスクが大きいことより通常、金融機関は初期施設整備融資には関与せず、施設が完工し、実際のキャッシュフローが見えて初めて、プロジェクト・ファイナンス手法によるターム・ローンとして参加するのが先進諸外国における過去の事例でもあった。
では我が国のIRの場合、想定される民間事業者は、如何なる資金調達手法を駆使するのであろうか。制度の枠組みとして、地方観光都市を区域とし、中小規模のIRが実現する可能性は勿論否定できないが、大都市、MICE機能を含む巨大IRを前提とした場合、過去の他国の事例を見ると、わが国においても、この事業の為に特別目的会社を創設することが前提となり、おそらく下記の如き状況となることが想定できる。
① 単一事業者で全ての出資金を賄うことはまずありえない:
リスクのある事業である以上、資本金をできる限り小さくし、レバレッジを上げ、負債で所要資金を賄うことが本来望ましいが、ことIRに関し、これはまず不可能に近い。最低総投資額の20~30%以上の資本金が要請されることは間違い無く、資本金総額だけでも優に1,000億円以上と巨額の資金が必要となる可能性が高い。外国企業であろうが、わが国企業であろうが、新たな事業への投資に巨額の出資金をフリー・キャッシュフローから捻出できる企業はそうざらにはいない。フリー・キャッシュフローが不十分な場合、会社のバランス・シートをベース(親会社債務保証)に資金を借り入れるか、他の出資者を募ることにより、リスクを分散するしか手法は無い。如何なる戦略により資金調達を図るかは、案件の規模や企業の方針により異なると思われるが、あらゆる意味において単純ではない。
② 初期施設整備資金等必要資金はエクイテイ(出資金)ベースで株式、債券等直接資本市場からの資金調達が主体になり、完工迄これで支えることが基本となる(またかなりの部分の負債を親会社保証で支えざるを得ない):
商業的賭博施設は、成功の確率が高い民間事業となるが、この施設整備のために、商業銀行が単純な形で巨額の資金を融資してくれることはまずありえない。経験も無く、リスクも高い市場で、確実に収益が得られるか否かはそれこそ大きな賭けになり、商業銀行は、通常最初の案件の施設整備に対し、リスクのある融資はしない。勿論親会社が元利金返済を保証すれば、借入は可能であろうが、全ては無理で、本業の収益活動を超える巨額の債務保証ができる上場企業等我が国には存在しない。より可能性の高い手法は、共同出資者を募り、負担を分散すると共に、直接資本市場にて、ハイリスク・ハイリターンの債券を発行し、市場にてこれを売却する等異なった仕組みを併用することであろう。この手法により、巨額の資金を調達することは不可能ではない。
③ 完工後、キャッシュフローが安定的に見える段階になった場合、債券等を償還し、プロジェクトファイナンス手法により、銀行ターム・ローンによりリファイナンスを実行する(負債を親会社バランス・シートから外す):
カジノ施設は完工し、一端操業・運営が開始されれば、安定的な売り上げ・収益を示すことが確認できる。具体のキャッシュフローが見えてきた段階で、上記の直接資本市場における債券等を償還し、出資者に債務返済が遡及されないプロジェクトファイナンス手法による金融機のターム・ローンでリファイナンスすることが通常かかる施設で取られている慣行になる。コストの安い、安定的な資金源になること、債券を退出させ、金融機関の融資に借り換えることにより、 出資者のリターンを向上させるという機能も果たすことになる。
もし、総額6000億から1兆円程度の投資規模で、かかる資金を市場から調達することを考える場合、不可能ではないとはいえ、前代未聞の資金調達になることは間違い無い。世界中の資金を如何に効率的に集めることができるかの競争になる。経験、知恵、能力を結集しなければ、これを実現することはできない。