超党派議員連盟が作成したIR実施法(案)では、 カジノ管理委員会の職員の一部は、内閣総理大臣による任命により特別司法警察職員としての地位を得て、査察官としての業務を担うことが想定されている。この特別司法警察職員とは、特定の分野における犯罪の捜査に限り、警察職員としての権限を付与されることになる公務員になる。カジノ施設内部における犯罪や違法行為は、極めて特殊な環境で行われるために、この分野に関する高度の知識・技能・経験等が必要となり、このためだけに特別に訓練された規制機関の公務員が警察職員としての権限を行使することが望ましいという背景がある。カジノに関連する特殊な犯罪は、カジノ管理委員会にその情報や知識・経験が集約することになる。この機構の査察官は、日常的な監視・監査を実行することになるため、あきらかにこの委員会の職員に捜査特権を与え、捜査を委ねた方が、通常の警察官である一般司法警察職員よりも、効率的な捜査ができる。尚、特別司法警察職員が捜査をしている事件を一般の警察官が捜査できないということはなく、警察も同じ事件を合同で捜査したり、独自に捜査したりすることができる。勿論実体としては、カジノ管理委員会と一般警察(警視庁及び道府県警察)とが協働することもありうると共に、業務所掌をうまく切り分け、業務がだぶらない配慮をすることになるのであろう。
なぜ、国の規制機関の職員の一部が特別司法警察職員となるべきなのであろうか。カジノ管理委員会の職員の一部が査察官として特別司法警察職員たるべき理由は主に下記にある。
① 専門的な犯罪知識の必要性:
カジノ内部でおこりうる違法行為や不法行為とは、関連する職員による不法行為や売上のスキミング、顧客によるチップの偽造やいかさま等の偽計行為、顧客-職員が共謀して行う不法行為や会計処理の不正、マネー・ロンダリング等、極めて知的な犯罪が多いと共に、カジノ施設特有の事象から生じる犯罪が多い。違法行為や不法行為の摘発には一定の知識、技能、経験が必要な事案が多く、この目的のための専任の警察職員が存在することが効果的な監視を可能とし、違法行為の摘発を容易にする。
② 捜査や違法行為摘発の効率性:
一般司法警察職員が対象とする主たる犯罪は一般犯罪で、窃盗や強盗、殺人等になるが、彼らはカジノ特有の犯罪に何等かの知見があるわけではない。カジノにおけるカジノ特有の犯罪を効率的に抑止するためには、施設内部に入り、様々な検査・監査・監視を日常的に執行することが要求され、かかる業務を一般司法警察職員に要求すること自体が無理なることが現実でもあろう。一部の国では、大きなカジノ施設になると、カジノ施設内部に規制機関の事務所、規制機関職員が査察官として常駐すると共に、一般警察も事務所を設置し、常駐していることがある。明らかに役割と所掌が異なるためで、内部的な監視や検査、顧客の不審な行動、監視システムへのアクセス等は、規制機関の査察官がこれを担い、警察官は、施行者の警備員等と協働し、場内秩序の維持等に目配りするというケースが多い。前者の業務を効果的に実践するためには、やはり規制機関の査察官に警察官と同等の権限を付与することが好ましいといえる。
③ 特異な調査権等を効率的に実施する必要性:
カジノに関連しうる様々な免許申請に関し、申請をした個人、法人の背面調査等を実行することも規制機関の重要な役割とはなるが、個人情報を含む背面調査になることより、法律上、その権限が担保されていると共に、背面調査を実施する主体が逮捕特権を保持していることが、調査、検査、監査等をやりやすくするという現実がある。また、カジノへの参加が禁止されている欠格者は、犯罪者ではないが、カジノに入場したことが露見した場合には、直ちに排除ないしは、違法行為として拘束し、逮捕されることもあり得る。カジノ施設の警備職員ないしは一般司法警察職員でもこれは可能だが、逮捕特権を保持する特別司法警察職員がカジノ施設に常駐する場合、この任にあたることが、より効果が高いことが多い。
諸外国でも一般的には、規制機関と法の執行機関との業務や所掌の分け方にもよるが、法の執行機関が一種の専任組織を設け、国の規制機関の下で業務を行う場合もあれば、規制機関自身が一部かかる業務を担う等様々なあり方がある。規制機関が査察官制度を設け、各施設に査察官を常駐させる仕組みは、豪州、ニュージーランド等でも実施されているが、規制と監視を効率的に担い、犯罪を抑止する効果があると言われている。台湾でも規制機関職員に逮捕特権を付与すべきか否かという議論があったが、立法院に2013年上程された法案では、これを警察機構に委ね、規制機関が直接逮捕特権を有する職員を抱えるという制度にはしていない。一国の事情次第では、様々なアプローチがあるということでもあろう。