犯罪から得た収益は、刑法第9条、19条の規定に基づき、犯罪が確定した段階で、国家による没収の対象になる。マネー・ロンダリングとは、これを逃れようとする行為でもあり、違法な収益源を偽装する目的で犯罪収益を処理することであり、例えば犯罪行為で得た資金を正当な取引で得た資金のように見せかける行為や、口座を転々とさせたり金融商品や不動産、宝石などに形態を変えてその出所を隠したりすることをいう。カジノにおける行為にマネー・ロンダリングのリスクがあるとされるのは、不特定多数の顧客とカジノ・ハウスによる帳簿に記録されない巨額の取引が、カジノ場内に存在し、これが、様々な手法を用いて、限りなく資金を洗浄ことに悪用されかねないという事情があるからによる。
我が国では1989年のアルシュ・サミット経済宣言を受けて設立された政府間会合であるFATF(金融活動作業部会)の「40の勧告」を日本国内において実施することを目的として 2007年に「犯罪収益移転防止法」(「犯罪による収益の移転防止に関する法律」)が制定され、マネー・ロンダリング規制が施行されている。これにより、従来金融庁に設置されていたFIU(Financial Intelligence Unit、特定金融情報室)は国家公安委員会に移管され、(担当組織はJAFIC~Japan Financial Intelligence Center~警察庁刑事局組織犯罪対策部・犯罪収益移転防止管理官)、警察庁を軸にマネー・ロンダリングを包括的に監視する仕組みと体制が取られている。
最もこの犯罪収益移転防止管理官の権能とは、上記犯罪収益移転防止法が明記する、
① 疑わしい取引に関する情報の集約、整理及び分析並びに捜査機関等への提供、
② 外国政府の金融インテリジェンスユニット(FIU)に対する情報の提供、
③ 法が義務履行者とする特定事業者による措置を確保するための情報の提供や行政庁による監督上の措置の補完、
④ マネー・ロンダリング対策の法制度や犯罪収益対策推進要綱等の各種施策の立案・調査、
⑤ マネー・ロンダリング対策に関する国際的な規範の策定に対する参画等の業務、
等になる。即ち、犯罪収益移転防止管理官の主な業務は、情報を収集、分析し、疑わしい行為を把握することでもあり、この情報を都道府県警察等の法の執行を担う主体に提供することにある。この意味では、自らが違法行為を摘発し、法を執行するということではない。
尚、上述せるFATFによる勧告の中では、カジノ施設は擬似金融機関と見なすという定義があり、諸外国では、マネー・ロンダリング法制上は、カジノ事業者は、金融機関並みの規制の対象になっていることになる。我が国の制度はFATF勧告に準拠している以上、もし、IR実施法(案)が成立するとすれば、犯罪収益移転防止法をも同時に改正することになり、当然カジノも擬似金融機関として同法による規制の対象になる。
実務的には、犯罪収益移転防止法の付表を改定することにより、IR実施法に基づきカジノの施行を担う民間事業者を擬似金融事業者と定義することになるのであろう。この場合、カジノの施行者は、同法に基づく、特定事業者(金融機関等+新規対象事業者)と見なされ、所管行政機関(この場合、規制機関であるカジノ管理委員会になる)経由、警察庁刑事局・犯罪収益移転防止管理官に対し、一定の金額要件を満たす取引、あるいは疑わしい取引に関しては、下記報告が義務づけられることになる。即ち、
① 本人確認
② 本人確認記録の作成・保存・届出
③ 取引記録等の作成・保存・届出
④ 疑わしい取引の届出
になる。実態としては、これら情報はカジノ管理委員会と犯罪収益移転防止管理官双方が共有することになり、犯罪の摘発も、これら二者が協働して、対処するということが、より現実に近い。マネー・ロンダリング犯罪はかなり知的、専門的な犯罪でもある以上、犯罪収益移転防止管理官の情報を得て、カジノ管理委員会が不正を摘発することがより効果的になるからである。
諸外国では、例えば米国の場合、カジノ施設における1万㌦以上の現金取引は全て本人確認・取引記録作成・保存・届出の対象となり、3000㌦以上の疑わしい取引は全て本人確認・取引記録作成・保存・届出の対象になるとされている。わが国に引き直すと、下限は100万円、30万円となる。一方、我が国では平成25年4月1日から施行されている改正犯罪収益移転防止法では、金融機関に対しては10万円を超える現金送金、ファイナンスリース業者に対しては、1回の支払いが10万円以上となるファイナンスリース契約等も報告の対象となっており、かなりそのメッシュは細かい。わが国の制度が、他国の事例と比較し、突出することは、必ずしも好ましくなく、カジノ施設における報告要件のレベルの設定は諸外国の実例に倣うことがより適切な考え方になると想定される。