カジノの場合、一つの取引が数分単位で行われることになり、通常の一般顧客の場合、顧客が総体としてどのくらいの賭け事をしたかという取引総額を捕捉することが単純とはならない場合が多い。顧客は常に一か所に留まるとは限らず、現金をチップに交換しても、即日これを使うことなく、時間的にこれをずらしてバラバラに消費したり、小口で使用したりすることもあるからである。もっともあくまでも一定金額以上の取引が対象になり、全ての顧客が対象となるわけではない。基本的にはハイ・ローラーと呼ばれる高額賭け金VIPがその主要な主体となると想定されるが、VIP顧客の場合には、現金を持ち込まず、クレジット(カジノ・ハウスによる与信)やフロント・マネー預託(一種の預託金で、一定の金額を遊ぶ事を目的に遊ぶ前にフロントに預託する資金をいう。使う場合には、デイーラー経由、マーカーと呼ばれる貸出実行証書にサインし、チップで引き出すことになる。また残額は返却される)という仕組みを用いることが多い。カジノ・ハウスが顧客に対し、クレジット(与信)を付与したり、個人勘定を開設したりして、フロント・マネーを預託する場合には、通常、詳細な個人情報を得た上で、信用度をチェックすることになるため、カジノ・ハウスは取引相手の詳細な個人情報を当初より正確に把握できているという状況になることが多い。VIP顧客に関しては、顧客もカジノ・ハウスも個人情報を出したがらないのではないかとする意見がなされることが多いが、実態は逆であって、VIP顧客の個人情報や賭け金行動は正確に把握されていることが通例である。個別に個人情報を取らざるを得ない顧客とは、高額現金をカジノに持ち込み、これで賭け金行為を為す顧客となり、対象はある程度特定化することができる。
一定の個人顧客が一定金額以上の取引を行う場合、あるいは通常とは異なる疑わしい取引を行う場合、当該顧客から個人情報を取得し、これをカジノ管理委員会経由、マネー・ロンダリング規制当局に報告することになるが、最初から個人情報を把握できるVIPとは異なり、一般顧客で高額賭け金取引を行う場合には、果たして個人情報を効果的に取得することができるのかを疑問視する意見も多い。顧客が嫌がる、逃げる可能性がある、あるいは意図的に間違った情報を提供する可能性があると共に、カジノ・ハウスにも、顧客を怒らせて、問題を表に出したくないとする衝動が働いてしまうためでもある。
勿論、疑わしい取引の場合にはその全てが報告の対象となる。では疑わしい取引とは何か、如何なる場合に本人確認をすべきか等の判断基準などに関しては、個別の業によっても異なり、カジノの場合にはカジノ特有の事象を制度として定義せざるを得なくなる。何らかの明示的な判断根拠や事例などが無い場合、何をもって報告の対象とすべきか混乱する可能性がある。また、場合によっては、顧客自身が情報開示を拒否する場合もありえようし、カジノ・ハウス側の対応の仕方にも工夫が必要となる。報告内容も、その他の金融機関等とは異なる事情もあり、如何なる書式・内容で管理するかは、カジノ特有の事情を考慮して判断することが得策と考えられ、今後の実務的課題となりそうである。
カジノの場合の実務的問題とは、銀行とは比較にならぬほど、顧客の数や取引の数が多いことと共に、一定金額以上という制約を設けても、施行者にとり、かなりの数、業務量になると想定されることにある。また、本人確認が必要となる顧客の正確な捕捉や、本人確認を忌避するVIP顧客の存在など、実務的な処理の仕方に関しても、従業員や職員の教育を徹底しない限り、効果的な法の執行ができないのではないかという懸念もある。取引を担うのは現場の職員であり、現場の職員が不審な取引や賭けの態様を捕捉することが、不正や組織悪の動きを正確に捕捉できることに繋がる。カジノの特殊性やリスク要素を勘案し、マネー・ロンダリング監視体制を作ることが必要であり、規制機関たるカジノ管理委員会と警察庁・刑事局との連携・協力関係をどう効率的に運用できるか、またカジノハウス(施行者)との連携・協力・報告体制をどう効果的に実現するか等に関しては、実務的な関係を整理する必要がある。
尚、取引記録を電子化し、電子的なリンクでカジノ・ハウス(施行者)、規制機関、FIU(警察庁)をリンクし、FIUに対する報告、情報分析をすべきであろうが、現状効率的なシステムが構築されているか否かに関しても一抹の不安はある。