顧客差別規制とは、顧客を一定の判断基準の下に区別し、顧客毎に異なった規制の在り方を取る考え方をいう。この場合、施行者にとり、収益増に貢献する顧客の差別化規制と、逆に収益の減少をもたらしうる顧客差別化規制の二つがある。諸外国では、このいずれもが並立して存在する場合もあれば、ひとつのみ、あるいはかかる考えは取らない場合等様々なあり方がある。
これは例えば下記の如き考えを意味する。
① 収益増に貢献する顧客差別化の考え:
カジノでは、VIPないしはハイ・ローラーと呼ばれる高額賭け金顧客を、一般顧客から分離し、異なったサービスを提供することが通例となる(一般顧客とは異なった私的空間・施設の提供、顧客賭け金額に応じたあらゆる対顧客無償還元サービスの提供等が行われる)。これは施行者が担うマーケッテイング戦略の一部でもあり、施行者のリスクと費用負担で行われる限り、基本的には規制の対象になることはない。例えば外国人VIP顧客は現金を持ち歩くことは無く、予め自国でフロント・マネーを預託し、この枠内でカジノ・ハウスからチップ交換を受け、後刻、帰国した後で決済することが多いが、これは施行者自身が一種の為替送金類似取引を担うことを意味し、一定の規律、規範の下でなされる必要はあるが、これ自体を規制の対象にすることは必ずしも好ましいとは想定されない。勿論マネー・ロンダリング等の最低の法的要件も満たされることが全ての前提になる。
一方高額賭け金顧客を沢山集客できれば、結果的に施行者の売上が向上し、税収も増えることになる。かかる事情により、政策的に施行者が高額賭け金顧客を誘致する動機づけ(インセンテイブ)を政府が制度的に設けることがある。即ち一般顧客から得られる総粗収益に対する税率より、高額賭け金顧客(ハイ・ローラー)と認定される顧客から得られる総粗収益に対する税率を低く設定する考え方である。この場合、ハイ・ローラーの消費を多くすればするほど、税率が低い以上、施行者にとっての取り分は多くなる。よって、あらゆる手法を用いて高額賭け金顧客を誘致し、賭けさせようとする動機づけが施行者に起こる。結果的に税収総額も増えることが通例である。但し、このような税、ないしは納付金に差別をつける考えは、わが国の制度的環境や社会的慣行の中では受け入れられるとは想定できない。
② 収益減をもたらす顧客差別化の考え:
i. 国の共通的な制度となる規制:
国内における様々な問題を回避し、制度の目的を税収のみとする場合、国内顧客を差別化し、来訪外国人客のみを顧客とする外国人専用カジノの如き考えが取られることがある。途上国では外国人顧客からの外貨獲得のためにかかる制度が認められていることが多い。但し、これでは顧客総数が限定されるために、大きな施設、売上、税収は全く期待できず、適切な施策であるとも判断されない。国内における様々な賭博行為がもたらす諸問題を議論することなく回避することはできようが、経済効果は大きく減殺されると共に、政策的価値も極めて低いものになる。一方、自らないしは本人の家族の申告により賭博依存症患者をカジノ場から排除する自己・家族排除プログラムの考え方は、特定顧客層を対象に、差別的な対応を取るような考え方になる。自己排除プログラム等、問題が生じることを未然に防ぐ規制の在り方は適切な考えであろう。一方、不用意に事業者の採算を損ね、収益減をもたらす規制の在り方は適切な考えとはいえない。
ii. 地方自治体が地域独自に設定できる追加的規制:
上記国による制度や規制とは別に、カジノが設置される地域の地域住民を対象として、カジノへの参入を規制する考えもありうる(地域住民が過度に賭博行為に傾斜することを抑止するための施策で、地域住民のみ、曜日を決めて入場を禁止したり、一か月あたりの訪問回数を制限したり、あるいは地域住民に対してのみ入場料を課したりする等の考え方である)。考え方次第では、事業性を大きく損ねる可能性があり、かかる考えを導入するか否かの判断は、あくまでも当該地域に委ねることが適切でもあろう。制度的には、地方公共団体や地域住民の意思は尊重されるべきで、地方自治体が随意に追加的規制を設ける柔軟性が認められるべきだが、地域住民に対し、差別的な規制を設ける場合の事業性に対するリスクは、これを理解した上で、かかる規制を設けることが必要となる。
如何なる選択肢を取るかは一国や地域にとっての重要な政策的判断になる。但し、一定の判断により民間事業者や顧客の行動が大きく変わることもあり、留意する必要がある。