個人がカジノの役員、職員、ないしはカジノに関連しうるビジネスに従事する場合、如何なる情報を(何を、どのレベルまで)規制機関に提出する必要があるのであろうか。国や地域の差異はあれ、大きな考え方の相違があるというのもおかしな状況になる。グローバル化した標準的な考えが存在するとすれば、制度や規制の考え方も本来類似的であるべきで、申請者に対する要求項目や要求水準は類似的になることが好ましい。ひとつの国や地域で(他に比して)甘い考え方を取れば、悪や組織悪に誘引を与え、これらを惹きつける可能性はゼロではないからである。国際的なゲーミングに係る公的部門における規制者の任意団体であるIAGR(国際ゲーミング規制者協会International Association of Gaming Regulators)は、あるべきライセンス申請に関する標準書式を策定し、公表している(http://www.iagr.org/phd_registration/mja.html)。この標準書式案を作成し、かつその内容のメンテナンスを実施しているのは米国ニュー・ジャージー州の公安当局である同州・法・公共安全省のゲーミング執行局(GED)でもあり、同州による現実の経験を踏まえた、厳格な内容になっている。米国その他の州あるいは他の諸外国においても、この標準書式の考え方を取り入れている地域、国も多く、一種のベスト・プラクテイスともなっている。この内容を精査すると如何なる調査・背面調査が為されるかを理解することができる。
考えとしては、個人を把握し、審査するために必要なあらゆる過去の履歴情報、家族、親族の情報、過去・現在の学歴・職歴、賞罰、犯歴、資産状況、財務状況などを詳細に本人に書面により申告させる内容となる。全文66ページとなり、全ページにイニシアル、著名の上、公証人に公証させ、提出するという手順を取る。未記入は申請拒否事由になり、これでは申請もへったくれもなくなる。虚偽の記載は、免許はく奪事由である。また、個人情報に係る申告事項が適切か否かに関し、公安当局が別途背面調査を実施すること、必要な場合には第三者より、個人情報を取得することに依存ない旨の申請者の誓約を必要とする。この同意を根拠として、銀行口座を始めあらゆる個人資産情報等が規制当局と公安当局の検証の対象となる。当然のことながら、個人情報保護の対象外である。かつまた、申請・審査に伴う全費用は申請者負担になる(固定費用のみならず、実審査費用が徴収されることが通例となる。よって、たとえば個人が海外に資産を保持していたり、海外において類似的な事業に関与していたりした場合等は、審査官による海外調査の対象となり、全費用は申請者の負担になる)。この内容を把握すると、如何なる調査、背面調査を受けるのかを理解することができる。
興味深いのはたとえば犯歴情報の有無だけではなく、起訴猶予を含めて、何らかの形で嫌疑を受けた全ての事象を自ら申告せざるをえず、公安当局はその真偽と背景を裏でダブルチェックできることにある。申告させてその真偽を全て調べるという考え方なのであろう。一方、我が国では犯歴情報は、明確な法的根拠がある場合には、公的部門はチェックできるが、刑罰が確定していない所謂疑わしい個人情報までは単純にはトレースできない仕組みになっている。かつ犯歴情報も地方公共団体で保管されるが、原則5年しか情報は記録されない。どのレベルまで、何を調べれば、当該申請者がクリーンといえるのかの考え方や慣行に大きな差異があることになる(わが国では犯罪を起こしても、罪を償えば普通の人という扱いになるが、欧米のゲーミング・ライセンス申請に際しては、過去に一度でも犯した過ちがあれば、潜在的リスクはあり、好ましくはないという扱いになるのであろう)。
上記標準書式案によると、対象となる情報開示項目は概ね下記となる。
① 過去15年の(ないしは18歳以降の)居住関連データ
② 家族、親族等資料(家族、兄弟、その配偶者、親、親族全ての住居、職業、連絡先等)
③ 軍歴
④ 学歴
⑤ 職歴(過去10年)
⑥ (カジノと関係ありうる)雇用・ライセンス関連資料(過去20年間ないしは18歳以上)
⑦ 民事、刑事等訴訟、確定判決関連資料(本人、家族、その配偶者を含む。過去15年間における法廷訴訟歴)
⑧ 自動車運転免許歴
⑨ 財務・税務関連諸資料
⑩ 債務並びに資産に関するネットワース申告(銀行保有現金残高明細、ローンその他受取債権明細、保有証券明細、保有不動産明細、生命保険現金価値、年金現金価値、保有車両価値、その他保有資産、現有債務、ローンその他債務明細、未払い税金、不動産に対する担保設定、保険年金に関するローン明細、その他債務、ありうる偶発債務)
我が国では考えられない、個人情報の開示と、公安当局による申告情報の完璧なまでの背面調査になる。本人のみならず、家族にも及ぶわけで、果たしてかかる精査と調査が本当に必要となるか否かは国の事情によっても微妙に変わる側面もある。