経済学の教科書によると、情報の非対称性(Information Asymmetry)とは、二つの経済主体が、取引や契約などの何らかの関係にあるとき、一方の経済主体が他方の経済主体よりも多く情報を持っている、つまり、情報が偏在している状況を意味する。この情報の非対称性がある場合、情報をより多く持っている主体がその立場を悪用して、不正を働くことがある(卑近な例では、資金の貸出人は借入人がどのように金を使い、活用し、返済を考えているかを正確に知ることはできない。これを悪用して、借入人が借金を踏み倒すような事象を情報の非対称性を悪用したモラル・ハザードという)。カジノの場合にもこれは起こりうる。ハウスと顧客が保持する情報が必ずしも同じレベルではないことを悪用して、ハウス側が不正な行為により顧客をだます可能性を意味する。たとえば、顧客はゲームのルールが公正で、一方的に不利な状況にはないことを確認する手段をもたない。ルールの中に、顧客には解からないように、一方的にハウスにとり確率的に有利な前提を設定することは不可能ではない(これは、顧客勝ち分の配当に関するルールを顧客に解らないようにハウスに有利に設定するなどの考え方になる。説明しない限り、これを顧客は理解することができない)。あるいは、スロット・マシーン等の電子式ゲームは一定の論理回路基準に基づき、公正な確率で顧客にあたりを設定することが制度上の義務となるのが通例だが、これを改ざんし、顧客にとって不利な設定をすれば顧客が勝つ確率は減ることになり、ハウスは確実に儲けることができる(遊技における確率設定の考え方と同じである)。この場合、顧客にとっては何らの情報もなく、そもそも騙されていることを理解する術がない。本来顧客が勝つ確率を正確に理解し、この理解の上に立ち、賭け金行動をすることが適切なのだが、情報の非対称性が存在すれば、そうはならなくなる。
もしかかる事態が現実に起こるとすれば、①ゲームそのものが顧客にとり、公正、公平なものではなくなること、②ゲームの健全性が損なわれ、顧客がだまされていること、③かつこれが解からないように巧妙な手段がとられていることを意味する。これでは詐欺に等しく、もしばれたならば、顧客の信頼と信用を喪失し、顧客は一切ハウスによりつかなくなる。かかる行為は、明らかに違法行為なのだが、顧客を騙し、収益を拡大化する試みでもあり、情報の非対称性がある場合、ゲームの提供に関与する様々な主体が単独ないしは共謀して、かかる行為をすることがある。問題は、顧客はかかるゲームのルールの微妙な変更や、器具、機械の改ざんなどは知る術もないことにあるといってよい。情報が顧客に提供されていない以上、放置した場合、確実にハウス側のモラル・ハザードがおこりかねない状況が生まれてしまうということになる。この様に、情報の非対称性がもたらすリスクとはハウスの内部者や関係者が、顧客との間の情報のギャップ(非対称性)を悪用してしまうモラル・ハザード・リスクでもある。
これに対する対応措置としては、情報の非対称性をなくすことがもっとも適切な対処手法になる。ゲームのルール等に関しては、顧客に対し、ルールや勝つ確率の正確な情報を開示することが制度として義務づけられることが多い。一方、スロット・マシーン等の電子式賭博機械や、器具・用具等を利用するゲームに関しては、単なる情報開示では機能せず、中立的な第三者たる規制機関や専門的な認証機関がその技術標準や内容を精査し、適切かつ公平で認証を得た機材や機械ゲームが提供され、使用されていることを担保することで問題に対処することができる。
このために規制が設けられ、その厳格な実施を監視する規制機関が必要になってくる。欧米などでは新しいゲームを創出し、採用する場合には、ゲームのルールは基本的には全て規制機関による認証や許諾の対象になる。一方ゲームに用いられるトランプ、チップや器具ないしは機械や電子機械なども、その電子回路や機材・機械に係わる製造、販売、使用に際し、一定の技術標準をもとに、全てが形式認証の対象になるとともに、これらの製造、販売、使用に係る主体を限定し、商行為自体をライセンス(免許)の対象にすることが前提になる。勿論、規制当局自らがこれらを認証するわけではなく、民間の専門的な指定認証機関を活用することになる。規制機関は規制の枠組みと基準のみを定めるわけである。また利用されるチップやトランプ、サイコロ等のツールや器具については、製造・流通のみならず、その所有・保管・使用・破棄に至るまで全てが規制の対象となる。改ざんや不正使用を防止することがその目的である。
このように、情報の非対称性は、情報をできる限り公開することにより、一部これを解消することができる。また、信頼できる中立的な第三者たる規制機関や認証機関が関与し、顧客には理解できない提供されるゲームの公正さを担保することにより、解消することができる。一方、そもそも、悪にそまりやすい主体を施行側に参入させないこと、しっかりとした規則を制定することにより、内部者の行動を規制し、監視することが、本来問題を生じさせないために必要となる前提でもあろう。