モナコ公国は南仏の一角を占め、大国の狭間で奇跡的に現代まで生き残っている小国である。同公国は19世紀末よりカジノやバカンスで有名となったが、そもそものカジノの発端は、為政者たるモナコ領主が、財源確保の必要性から、当時一部ドイツなどでは隆盛していたカジノを取り入れ、これを特権的に認めることにより、税を課し、安定的な公国の財政基盤を確保するという目的で実施されたものである。
最初のカジノに係る制度的な許諾(ライセンス)が付与されたのは1856年になり、1858年から本格的施設の建設が始まり、1861年に最初の施設がオープンした。当初より、Société des Bains de Mer et du cercles des étrangers à Monaco (SBM社)という私企業に50年間のコンセッションが付与され、これが何度も継続され、紆余曲折を経て、現在に至っている。もっとも19世紀末期に施設が開設された当初は、モナコへのアクセスは難しく、物理的に交通手段が無かったという事情もあり、経営は思惑通りに行かなかった。施設運営をより効率化するために、欧州他国で実績のあったフランソア・ブランという個人にSBM社の経営を委ねたこと、この頃ようやくニースからモナコに鉄道が開通したことを契機として、集客が功を奏し、その後のリゾートとしてのモナコの発展の礎が築かれたことになる。1863年に、現在も残る華麗なモンテカルロ・カジノがオープンした。SBM社に対するライセンスは、その後数回に亘る更新を経て、当初の独占許諾より124年後の段階で、1987年より更に20年間更新する旨、政令で規定された。その後この許諾が失効する前に、2003年に再度コンセッションの更新契約がなされ、2027年3月末まで延長され、現在に至っている。尚、更新に係わる附帯議定書において、現在のコンセッション期間終了時ないしは最後の延長に伴う更新事由の場合には、同社はモンテカルロ・カジノ(テラス並びに広場を含む)の施設を許認可当局に対し無償で譲渡しなければならない旨記載されている。同様に、同じ時点においてモナコ公国が主要施設(カフェドパリ、スポーテイング・モンテカルロ、ホテルドパリ、ホテル・エルミタージュ)の返還を要求する場合、有償にて売却する義務を負う旨規定されている。賭博行為は公国の専権、減価償却が終わった施設は施設ともども買収するという考え方なのであろう。尚、運営を担うSBM社の株式はフランスのパリで上場されており、総発行株式数は24万株、内モナコ公国が35%、公室一家(グルマルデイ公家)が35%、個人が4%で,市場に公開されている株式は全体の26%となる(同社株式中、公国の株式持分は、譲渡ないしは担保提供の対象とすることはできない)。また、同社には公国が役員と監査役を派遣している。この意味ではSBM社自身は私企業であり、主要株主として公国が存在しているだけになり、国がカジノの経営・運営を担っているわけではない。
モナコにおけるカジノは、限られた場所、限られた独占主体によるコンセッション契約で支えられており、様々な歴史的経緯により、途中から公国や公室自身が一部株主となった為、制度としては精緻な内容のものは存在しなかった。公室の家計と国の財政、私企業の財務が一体化していたわけで、これが制度的に峻別されたのは、20世紀後半からでしかない。制度の基本は、刑法第350条に基づき、公国政令による許諾(ライセンス)付与に基づき、限られた民間事業者に対してのみカジノ運営許可が与えられるという前提をとる。これに基づき、制度的な規制と監視の枠組みが構築されたのは、1987年になってからであり、1987年6月12日法律1.103号「カジノ施設の許可取得、雇用条件、入場、施設の機能、法規定、罰則行為に係わる法令」に基づき、公国の財政経済省がカジノ施設の管理並びに監視を担う役目を担っている。この目的を達成する為、2つの国の組織が設立された。即ち「ゲーミング委員会」並びに、「ゲーミング管理サービス局」である。内、ゲーミング委員会とは、カジノの運営、ゲームの施行、ゲーム法制に係わる諮問と答申を担う政策の諮問委員会であって、監視・監督機関ではない。委員は任期3年、7名で構成される行政委員会であり、諮問の対象は、①制度策定及びその改定、②許諾ゲームの改定、③施設管理組織並びに管理手順、④ゲーミングに関する内部規定、⑤職員認証・許諾と認証許諾の剥奪、⑥禁止規制などである。尚、委員は、施設への自由なアクセスが認められ、当該施設内に上記業務を遂行するに必要な場所が設置されている。ゲーミング管理サ-ビス局とは財政経済省から独立した組織で法令遵守、カジノ施行の監視、調査、運営管理、必要な査察、アクセスの監視、職員監視等を担う法の執行機関となる。但し、公開情報が限定されているため、これら組織の実態は必ずしも明らかではない。
モナコの特徴は、
① 歴史的に富裕層のための保養地、観光地として発展してきたという経緯があり、世界のVIP、高額賭け金顧客を上客とする限られた顧客の為の限定的な施設が基本となり発展してきたこと、その後大衆的な施設を追加した高級リゾート施設群として構成されていること、
② 制度的には、他国と類似的な体制がとられているとはいえ、情報公開も限定され、実際の管理や監視の仕組みは、情報公開もなく、外部からは見えにくいこと、
③ 国自身が事業に深くコミットし、関与している以上、透明性はなく、実態がどうなっているのかの情報は極めてわかりづらいこと、
等にある。尚、公開情報によると2010~2011年のSBM社売り上げ(カジノ部門+ホテル)は$3.617億米㌦相当額,内、カジノ部門は46%、ホテル部門は46%、その他が8%となり、カジノ部門は$1.72億米㌦相当額の収益規模となっている。