欧州各国では、賭博に関する明確な政策がまずあり、これに基づき精緻な制度が創出され、その上で施行が図られるという合理的なステップがとられたわけでは必ずしもない。当初は、為政者が特定の民間主体に特権的な許諾(コンセッション)を付与し、その施行収益から一定の対価を取得することが単純な政策目的でもあり、制度や規制の考えがあったわけではない。この特権を付与する枠組みの中で賭博行為が提供されてきたのが18世紀から19世紀におけるゲーミング・カジノの流れとなる。但し賭博行為は、その後は、その時々の政治的社会的な風潮と為政者の判断により、許諾と禁止の間を揺れ動いてきたというのが実態となった。19世紀から20世紀の間にかけては、一部の国では賭博行為は認められてはいたが、制度として禁止した国も多かった。もっとも、例え制度としては禁止されていても、事実行為として賭博行為は市場には常に存在し、かつ厳格な規制の対象にならず、法律的には極めて曖昧なまま放置されてきたりした国が結構ある。
例えばベルギーにおいては1999年に至る迄、カジノは、国法上は明らかに違法であったが、現実は地域単位による慣習法(Laws Of Land)によりカジノが施行され、行政的にこれを事実行為として認知してきたという経緯がある。この制度的に曖昧な状態は、1999年に法制度を整備することにより始めて解消され、この時点でようやく法律上の整合性が実現したにすぎない。スイスにおいても、法律上は違法となるが、クルーザールと呼ばれるカジノ施設に限りなく機能的に近い賭博施設が歴史的に存在した(法律上の曖昧な規定を根拠に一種のアミューズメントセンターが実質的な賭博行為を提供してきたという構図に近い)。この違法状態は、1993年の国民投票による憲法改定に基き、1998年に新たなカジノ法制度が整備されることによりようやく解消され、過去の類似施設は全て廃止された。イタリアでは歴史的経緯により国が明示的に許諾したカジノ施行は認めらており、現状4施設が存在するが、現在に到るまでこれら施設の施行規範に係わる明確な国の法制度があるわけではない。モナコでは1861年以降、コンセッションが特定民間事業者に付与され、これが現在迄継続しているのだが、公国における制度を整合性のあるものにした法的措置は1987年になり初めて整備されたに過ぎない。
この様に、欧州におけるゲーミング賭博は、事実として存在したが、明確な制度も規制も存在しないという旧態依然とした(Unregulated)状況から、新たに制度と規制を設け、カジノ賭博の法的位置付けや制度的整合性を明確にし、これを規制する(Regulated)状況に、転換してきたというのが過去の経緯となる。同時に様々な国において、現代社会の賭博行為の位置付けを明確にし、必ずしも現代社会にはそぐわない制度や規制のあり方を変えるという動きが2000年以降加速化している。例えば、英国における政府の諮問委員会による2001年3月の「英国におけるギャンブリング・レビュー報告」(バッド報告)、これに対応する政府施策案としての2002年3月英国政府文化スポーツメデイア省「成功の為の健全な賭け事―英国ギャンブル立法の近代化に向けて」、これに伴い実現した2005年英国統合賭博法等がその典型事例になる。あるいは2002年のフランス上院による議会報告「フランスにおける賭博に係わる財政委員会による報告書」、2001年4月のデンマーク政府による「デンマークにおけるゲーミングの将来~統一されたゲーミング法制の必要性」等は、これらの国々におけるその後の賭博政策に大きな影響を与えている。これら多くの国において、第二次世界大戦前あるいは第二次世界大戦後となる1960年代に制定された制度や規制の基本的枠組みは、市民社会の成熟度や市民意識の変化に伴い、2000年代以降、変更せざるを得ない状況になっていたといっても過言ではない。事実、段階的に制度を改定する動きが実現しつつある。
制度的にはここに、古い欧州からの脱却と新しい欧州への志向を見てとることができる。その背景には、市民社会の成熟化と市民意識の変化、そして技術の進展などがある。より開かれた制度、オープンなシステムを構築せざるを得なくなったこと、古い制度や考えを変え、より現代社会に適合した規制の統一化と合理的な監視・管理の制度を志向せざるを得なかったことという事情もある。尚、欧州においても、悪、組織悪、不法行為は過去存在していた事も事実のようだが、現代社会においては、これは過去の事象になっている。米国と同様に、欧州諸国でも施行に関与するカジノ運営事業者自体が、段階的に集約し、寡占化され、株式上場等に伴い、施行自体が透明化していったという経緯があり、産業の成熟化と共に施行行為への悪の関与は排除されてきことが実態でもあった。また、カジノ業は欧州諸国でも、最も厳格な規制を受ける産業分野でもあり、ここでも自由な営業が認められているわけではない。