我が国の現行公営賭博制度(特に地方公営競技)は、既に述べたように、朝鮮戦争後の不況期における地方公共団体の財政的疲弊を救済するための一つの施策でもあり、「当面の間」、かつ、特段の財政支援が必要となる地域を指定し、限定的に為されるということがその全ての前提でもあった。かつその目的も極めて限定列挙的に、「自転車輸出の振興」等当時の時代趨勢を反映する目的が規定されたが、現状では前世紀の遺物となってしまったものも含めて、制度自体は当時のまま温存されている。我が国では、一端法や制度ができてしまうと、制度の存在そのものが自己目的化し、その有効性や効果、課題を検証もせずに、現状の体制を維持してしまうことという傾向が強い。いや、現状維持というよりも、行政府による法の「運用」により、うまく管理されているという建前なのであろう。一方、時代の変遷に伴い、立法時点と現代社会とでは、背景となる環境は根本的に異なってきている。制度と現実には大きな乖離があるのだが、これを是正しようとする努力はまだ弱い。明らかに制度疲弊の状況に陥っていることが現実になる。公営競技を主催する地方公共団体の当該事業に係わる累積赤字や、持続可能性を放棄する地方自治体による競技開催権返上の動きは、小泉政権時代の特殊法人改革の動きとも重なり、平成20年に関連する公営競技法体系の改正をもたらすことになった。この結果、特に交付金を受領する国の枠組みの在り方が改革され、一部類似的な特殊法人の合併、法人格の変更(特殊法人から民間公益法人)、交付金の繰り延べや包括的な民間委託の許諾等が実施された。それなりに「改革」がなされたとはいえ、表面的に留まり、とても充分な内容とはいえなかった。この改正の効果は短時間に終わり、平成23年頃に地方公営競技の赤字問題が再度噴出するに至り、平成24年に再度制度改定が実施された。もっとも、問題の根本的解決はなされておらず、今後問題が再燃する可能性が高い。一部公営競技に至っては、あと何年継続できるか不透明という状況に至っているのが現実となる。
何を改革する必要があるのであろうか。
① 政府施策の一貫性、整合性を保持する必要性:
賭博行為は何のためにあるのか、またどの様に規制され、管理されることが適切で、社会の中で如何にバランスをとりながらこれを維持し、公益の発展に寄与することができるかということは、常に考慮されるべき政策課題である。かつ環境変化や、時の変遷に伴う社会の変化の中で、これらは変わりうることにも配慮する必要がある。もっとも規制といっても、施行を認める以上、施行者にとっての合理的なマーケッテイング等の裁量性はある程度柔軟に認めるべきなのだが、わが国の公営賭博制度は規制と裁量性のバランスがうまくとれた仕組みになっているとは言い難い。射幸心を過度に煽ることを規制することが規範としてありながら、現実にはTV,マスコミなどを通じて一部の公営競技や宝くじ等は消費を煽り、射幸心を煽る行為を実施している。実際の施行者にとっては、顧客確保のためには、経営上・運営上合理的な行動でもあるのだが、立法の趣旨から考えてみれば、明らかに政策との整合性と一貫性は無い。法で認められていれば何でも出来るではなく、本来何のために許諾され、規制の対象になっているかの趣旨を無視して、現実が別の方向へ向いてしまい、野放図な展開になっているということでもあろう。法治国家としてあるべき姿とも思えない。本来制度として、健全な賭博のあり方を認知し、この枠組みの中で柔軟にあるべき方向性を定義していくのが好ましいといえる。また、異なった省庁が共通の政策や考え、指針もなく、単なる認可権のみを行使し、規制するというバラバラな制度は、公営競技を認知し、これを健全に育成するという考えからは程遠い考えになる。例えば、賭博行為がもたらしうる賭博依存症等の社会的課題等は、公営賭博に共通する課題として、本来国としての一貫した政策のもとで担われる必要性がある。
② 小出しの改革は限界、抜本的な制度改革の必要性:
公営競技には一定の市場があり、一定の収益や経済効果があることは事実だが、市場規模自体は段階的に縮小化しており、収益規模も段階的に減少しつつある。かかる状態に至った場合には、経費の削減に努めると共に、顧客サービスの向上等による集客増・収益増を図る等の個別施設レベルでの経営努力と共に、売上げから控除される交付金のあり方や交付率等の制度的前提を再考する必要がある。全体の収益が縮小化している状況で、費用や交付金、負担額を制度的に固定するあり方は、確実に経営や運営にとり大きな負担になってしまう。施行者にとり、費用を合理的にコントロールできず、かつ収益も単純に増やすことができない状況がもしあるとしたならば、そもそも事業としては成立できない。民間に対する包括的委託も費用や収益を管理できて初めて功を奏するのだが、現状は法律上自治体が担うべき固有の事務が制度上定義され、これら費用は固定化し、身動きがとれない中途半端な状況にある。一方、なぜ特定の業務が固有の事務となるか、それが本来公益といえるのかについては充分な説明がなされているとも思えない。
③ 市場における総供給量を調整する必要性:
市場の縮小化が継続する場合、経済実態に合わせ、市場における既存の賭博種の総賭博供給量を縮小化することが好ましい。明らかに供給過剰である場合、採算性の無い施設の廃止、合掌連携、施設の統廃合等による供給量の縮減等の合理化等を考慮すべきで、例えば競馬等に関しては、JRAと地方競馬という二つの体制を再考し、合理的な範囲で一体化する等の生き残り戦略も考慮されるべき選択肢の一つとなろう。