スポーツ・ベッテイングとはスポーツの勝ち負けに関してお金を賭けるという賭博行為で、欧米先進国では,サッカーを初めとしてかなりポピュラーな賭け事になる。スポーツの勝ち負けの推測はゲーム性も高く、庶民も熱中しやすい。EUでは賭博行為は、欧州条約第49条の例外項目としてEU内統一規制の対象外になり、各国毎に独自の制度と独自の主体が顧客にスポーツ・ベッテイングの提供をしてきたのが過去の平和な時代の実態であった。この誰もがまず崩れないと想定していた制度的前提が2006年以降、欧州裁判所の判例やEU委員会の動き、主要EU諸国における国内判例や各国政府の政治的スタンス等により大きく崩れかけている。この原因となったのが国境を超えたサイバー空間で提供されるオンラインによるスポーツ・ベッテイングであり、かつ過去10数年間に亘る一部欧州スポーツ・ベッテイング事業者による欧州複数国の政府を対象とした訴訟戦略でもあった。
過去、賭博行為はEU域内におけるサービス提供の自由を保証する欧州条約第49条の例外とみなされ、各国の領域内で許諾を得た事業者(多くの場合、国営企業や公団等の公的主体)のみが独占的にスポーツ・ベッテイングを提供できえた。これにチャレンジしたのがインターネットという手段を用い、国境を越えて顧客を募る商行為になる。この場合、規制当局ないしは一国内の独占許諾事業者が当然これを法律違反としてかかる事業者を国内法に基づき訴えたり、あるいは逆に当該事業者が欧州裁判所に独占事業者の存在を不当として欧州法に基づき告訴したりする等の行為が頻発し、騒ぎが大きくなる。EU委員会は2006年4月並びに10月にフランスとスエーデンに対し、オンライン・スポーツ・ベッテイングに関する意見書を提出、更に2007年7月にはこれら両国に対し、国内法を変え、障害を除去することを勧告した。EU委員会は両国の国内規定が、サービスの域内における自由な移動を保証する欧州条約第49条に準拠せず、かかる国内規定は廃止されるべきというスタンスをとったことになる。委員会の見解では、既存のこれらの国の公的運営主体は、①制度により市場を独占し、排他的な地位を得ていると共に、②毎年厳格な収益目標を設定しており、③自ら様々な賭博サービスを売るために商業的なアウトレットを利用している以上、非営利団体とはいえず、あくまでも商業的賭博を担っているにすぎないと判断した。フランスは、2006~7年に今回問題となった国内法を根拠として、他の加盟国により認可を受けているスポーツ・ベッテイング会社の役員を、フランス国内で逮捕したり、これら外国企業を威嚇したりした経緯がある。これがもろにEU委員会の反発を受け、一挙にEUと一部加盟国の論争に火がついたわけだ。話が単純でなくなるのは、この最中にフランスにおける行政関連の最高裁判所であるフランス破毀院は、フランスの独占競馬賭博提供者であるPMU社がマルタのオンラン競馬事業者を国内法違反として訴え、勝訴したパリ控訴院判決を欧州条約違反と断定し、破毀したことにある。欧州委員会の主張を支持する内容が国内の最高裁判所で判示されたことになり、驚きをもって迎えられた。もっともこの間にフランス大統領選挙により、政権自体も変わっているわけで、2006年8月、サルコジ政権の担当大臣は「管理された市場開放は前向きに検討すること、但し、独占事業体たるPMU社の性格、その重要性は認識されるべき」とEU委員会担当大臣に返答、その後、2007年から8年にかけて、このために設けられた審議会における様々な議論を経て、フランス政府は一部賭博種(スポーツ・ベッテイング、オンライン・ポーカー)に限定して、オンラインによる賭博を認める方向に政策方針を大きく転換した。この法案は、2009年に国会に上程され、2010年5月に可決、同年6月から施行されている。
オンラインによる賭博行為の提供は供給の量と質を効果的に管理できない領域でもある。特定の国家の庇護を受けた独占的な公益事業者のみが一国の市場を独占することは、管理という意味では、一定の効果は確かにあった。但し、管理・規制の対象として認められている行為ではなく、通常の商業行為に近いサービスである場合には、差別的待遇を維持することは欧州法違反にあたるとしたのが欧州裁判所の判例でもある。よって、これによりオンライン賭博の是非を法廷により判断したわけではない。EU委員会も特定主体による市場の独占性を否定したわけで、オンライン賭博の是非を主張しているわけではない。この結果、欧州の主要国では、国内法を整備し、この特定分野(オンラインによるスポーツ・ベッテイング)に関する市場独占体制の是正がなされつつある。