シンガポール政府は「統合型リゾート」(IR, Integrated Resort)という新しい概念を主張し、全く異なった性格・目的をもった施設で、かつ潜在的に異なった客層を狙った二つの施設を市内の二つの地点に設けるという面白い考え方をとった。各々下記の如きフレームが考えられた。施設間で競争させるというよりも、特徴のある異なった施設コンセプトを各々設けることにより、結果的に顧客ベースを広げ、多様な観光客とビジネス客の取り込みにより相乗効果を期待するという考えになる。
① ベイフロントにおけるマリナ・ベイ・統合型リゾート(12.2ヘクタール):
マリナ・ベイ地区はシンガポールの金融・ビジネスセンターの中心地区、ダウンタウンの最高級地域に立地し、これを取り囲むラグーンを対象に、利用されていなかった埋め立て余剰地を活用して、都市再開発を狙う開発行為になる。シンガポールの顔ともなる場所で、ビジネス客やコンベンション客を主要なターゲットとするホテル・コンベンション施設・ショッピング・モール、多様なエンターテイメント施設や公共施設を含む施設群を統合型リゾートと位置づけている。この中の総床面積の3~5%相当部分をゲーミング(カジノ)施設として認めるというコンセプトである。
② セントサ島における統合型リゾート(47ヘクタール):
セントサ島は従来からゴルフ場やホテルを配置したリゾート地区でもあり、都心部から若干離れた、シンガポール本島の横にある小島である。まだ開発が十分進んでいないこの島の一部を活用し、主に大人と子供双方が家族として楽しめる多種多様なレジャーとエンターテイメントを提供する、家族向けの統合型リゾート施設というコンセプトになる。東南アジア初の「ユニバーサル・スタジオ」テーマ・パーク、その他の海洋テーマ・パーク、リゾートホテル、ショッピング・センター、各種アトラクションや体験施設など明らかにマリナ・ベイとは全く異なる顧客、施設群とサービス・コンテンツを前提としている。大人から子供までの多様なエンターテイメントを提供する場として、ここでも限られた区画においてのみ上記と同様に限定的にゲーミング(カジノ)施設の設置が認められる。
尚、実際に行われた事業者選定に係る入札は、上記コンセプトに基づく統合型リゾートの具体的な実施提案公募である。政府は求められる機能的な要件や水準を提示したが、如何なる施設となるかの具体化案は民の提案に委ねた。関連する契約は統合型リゾートの民による開発投資と実現の条件を政府と確約する内容となった。但し、この落札・契約行為自体がカジノの免許(ライセンス)を自動的に当該主体に付与することにはならなかった。即ち、落札後、過半の投資を実行した後で始めて政府の規制当局に対し、カジノの免許を申請できる権利が付与され、適格性の認証を得た場合においてのみ、初めて免許が付与されるという前提が取られた(この結果、実質的なカジノ運営の申請は、建設途中で為され、免許が交付されたのは、セントサ島が2010年3月、マリナ・ベイが2010年5月で、なんと施設完成直前でしかなかった)。この意味では、この入札はカジノを実現するための入札ではなく、あくまでも統合型リゾートの開発、投資誘致の提案入札にすぎないという政府の位置づけになる。
これを実施するにあたり、シンガポール政府はまだ政府内部で正式決定をしない段階で、(政府が)コミットをしない概念設計コンペ(Request for Concept, RFC)を招請した。これには世界中から著名なカジノ運営事業体19社が応札、17社がリストされ、統合型リゾートを実現するという政府による決定の後に、これらリストされた対象企業が入札招請の対象となった。現実的にはシンガポール政府自身の要求事項もかなり多く、かつ入札に際しては多大のコストと労力が求められることになったため、棄権・脱落する事業者も多く、実質的な競争は二つの事業各々に対し、3~4社で行われたというのが実態となる。
入札はマリナ・ベイ、セントサ島の順で段階的に行われ、同一企業が二つの入札に参加することは可能だが、どちらかひとつしか受注できないという前提となった。全ての入札はシンガポール政府観光局(STB)が窓口となったが、実際の審査・評価に関しては、関連する閣僚からなる入札評価判断委員会、これを実務的に補佐する次官・局長レベルでの実務評価委員会が関与し、設計や専門的分野の評価は外部有識者や専門的なコンサルタントを活用する手法がとられた。また、政府並びにシンガポール政府観光局が入札の実施と評価の為に支出することになった外部費用はその全額が落札者が契約の前提として負担する前提がとられ、開発契約締結と同時に補償されること、また政府が所有する土地の長期占有使用料(実質的には長期所有権に相当する)も開発契約締結時の一括支払となった。入札の結果、マリナ・ベイ案件を落札したのは米国の大手カジノ運営事業者・コンベンション経営主体であるラスベガス・サンズ社(Las Vegas Sands Corp)となり、2006年8月23日に事業開発契約を締結した。一方、セントサ案件を落札した事業者はマレーシアのゲンテイング・インターナショナル社(Genting International)グループになり、2007年3月1日に事業開発契約を締結した。いずれの施設も各々2010年、3月及び6月に完成し、オープンした(ゲンテイング社によるResort Worldは2010年2月14日に、一方サンズ社によるMarina Bay Sandsは4月27日に仮オープンし、6月23日に全施設オープンした。両社いずれも開業後は記録的な営業成績を上げ、カジノ施設を含む全体の営業成績も世界でも有数のエンターテイメント事業を実現させている。