ポルトガル領時代のマカオは、グレーな制度と共にグレーな資金の流れが存在したといわれ、犯罪の温床と思われていた時代も存在した。制度的には1991年「薬物管理に関する法律」、1995年「組織犯罪法」に基づき、マネー・ロンダリング規制や犯罪収益の没収等が規定され、1998年政令24/98/Mに基づき、疑似金融事業者であるカジノ事業者に対しても「疑わしい取引報告」の提出義務が規定されてはいたが、規制する主体も不明確、法の執行も不十分で、マカオにおける金融機関と共に、カジノ運営事業者は、十分な規制の対象になっていない典型例とされてきたのが実態でもあった。中国大陸や北朝鮮の裏の資金がマカオをベースに資金洗浄されているのではないかとする疑惑がここから生まれた。
上記状況は、ポルトガルから中華人民共和国への政権移行に伴い、カジノ産業自体を強力に健全化するための新たな制度的措置と、新たな監督官庁の設置と実際の法の施行により、大きく変わりつつある。新たな制度的措置は下記の通りとなる。
* 2006年法律2/2006号「マネー・ロンダリング及び反テロリズム金融法」
* 2006年法律3/2006号「マネー・ロンダリング犯罪防止・撲滅法」
* 2006年行政規則7/2006号:法律3/2006号の補足規定で、対顧客行動規定及び、事業者による疑わしい取引報告STRを2営業日内に所管当局への報告義務を規定したもの。
* 特別行政区長官令227/2006号:マネー・ロンダリングを所掌する専門特別行政区組織を設立するための長官令で、これに基づき、経済・財政長官の直属組織として「金融情報辦公室」(Financial Intelligence Office, GIF Gabinete de Informacao Financeira)が設けられた。その長は、行政区特別区長官による指名職となる。制度的には恒久的な組織ではなく一種のプロジェクト・チームであり、当初の期間は3年、2012年特別行政区長官令80/2012で更に延長され、現状の期限は2015年となっている。
* 「金融情報辦公室」の役割は、
✔ 関係者からのデータ・資料徴求・データーベースの作成
✔ 情報の分析、疑わしい取引に関し、公共検事局への通告
✔ 公安当局等に対する支援
✔ マカオ内外の関連当局との情報交換
✔ 関連当局に協力しマネー・ロンダリング、テロリズム対策に関するガイドラインの策定
✔ 一般大衆に対するマネー・ロンダリング犯罪等に関する教育・情報提供
等にある
上記に伴い、2006年以降、マカオにおいても国際的な標準的枠組みとなった「金融活動作業部会(FATF)」の推奨事項(FATF40+9)に準拠した、制度や組織が設けられたことになる。事実、2007年以降、疑わしい取引報告(STR)も年々確実に報告数が増えている(2007年は725件、2008年は838件、2009は年1156件、2010年は1220件、2011年は1563件。但し、2011年レベルでは全体の41・1%が金融業界からの報告で、カジノ関連は32.9%だけである。この内、190件が金融情報辦公室並びに公共検事局へ報告されている)。制度上の義務が施行されたこと、事業者に対する教育や問題の社会的認知が高まったことにより、疑わしい取引報告が増えていることになる。勿論このすべてが犯罪であるわけではない。尚、2002年以降、マネー・ロンダリング省庁間ワーキンググループが組成され、14の関連するマカオ政庁部局との調整が図られており、各四半期に調整会議を実施し、金融情報辦公室がこれを調整している。
現実には、
* 一定金額以上の全取引を報告し、尚かつ疑わしい取引報告をも提出させるという考えではなく、あくまでも「疑わしい取引報告」のみが対象となる。
* もっともこの「疑わしい取引報告」の中でも最大の案件数は、顧客の本人確認を特定できないとするもので、これでは疑わしい主体による疑わしい行為が行われているが、中身のない報告でしかないことになる。この意味では西欧的な規範とは若干異なる。
* 監査、監視の対象は、原則マカオにおける取引でしかすぎず、中国本土からマカオへの資金の流れ、中国本土における資金の流れが検証の対象になっているわけではない。この点、グレーな側面が存在することは否定できない。