EUでは、各国の法制度の上にEU法が存在するという極めてユニークな法体系になっている。国内法による制度や規制は、全てEU法に準拠することが求められており、EU法の在り方次第では、国内法を改定したり、あるいは国内法のEU法に対する準拠性や整合性を常に確認せざるを得なかったりする状況にあるといってもよい。国内法の規定がEU法に違反しているという指摘はEU委員会から各国に提起されることも多く、質問照会や限定意見が欧州委員会よりなされると、その回答次第では、欧州委員会により欧州裁判所に欧州法違反で提訴されることになる。
行政的にEU委員会が取るこれら手順と共に、民間事業者が国内法に則り、一国との間で欧州法の適用の在り方に関し、係争事由が起こったり、同様に、一国ないしは民間事業者によりかかる問題が欧州裁判所に提訴されたりすることもある。欧州裁判所における判例は、明示的な成文法としてのEU法と共に、EU内の法規範の一要素を構成する。欧州議会、欧州委員会は、あくまでも政治、政策レベルでの政策決定を担うが、一方では、現実に生じている事象から、訴訟が起こり、判決がなされ、あるべき社会の方向性が段階的に判例として確定し、蓄積されつつあるというのが実態になる。この様に、欧州を理解する場合、EU法、欧州議会の考え方、執行機関としての欧州委員会と共に、司法機関としての欧州裁判所の判例等複数の要素が、一国の制度に大きな影響を与えることになる。賭博制度もその例外ではない。
現状成文法としてのEU法に共通的な賭博に関する規定や制度があるわけではないのだが、欧州裁判所における判例の蓄積は、段階的にEU内における賭博に関する考え方や既存の制度の在り方の変更を迫りつつあるといっても過言ではないかもしれない。欧州委員会、欧州議会は、当面EUにおける統一的賭博規制の必要性を明確に認めてはいないが、できる限り考え方やアプローチを共有しつつ、各国固有の事情を考慮し、個別の国による規制を認めるという方向なのであろう。一方、インターネットによるスポーツ・ベッテイングの在り方に関し生じた欧州裁判所の様々な判例は、各国において、スポーツ・ベッテイング規制のみならず、賭博制度そのもの(規制や監視の在り方)を段階的に変える誘因となっているといえる。かつこの事象はEU加盟国以外の欧州諸国にも拡散しつつある。オンラインによるスポーツ・ベッテイングを認めるということは、①類似的な賭博法制度を修正せざるを得ないこと、②賭博行為へのアクセスを容易にさせる施策は、他の賭博種にも影響を与える側面があることを含意している。この意味では既に制度を改定し、何等かの形でネット賭博を認めている国は、英国、フランス、イタリア、マルタ、オーストリア、オランダ、デンマーク、スペイン、スエーデン、ノルウエー、ベルギー、フィンランド、アイルランド、ラトビア等になり、2012年時点で今後制度を変えることを明確に表明している国・地域は、スイス、ドイツ、ブルガリア、チェコ、エストニア、ハンガリー、ルーマニア、ポーランド等の多岐に亘っている。これ以外の諸国も基本は類似的であると言える。この様に、国内における賭博制度をより合理的、整合的に改定しようとする動きは欧州諸国一般の趨勢になっている。
これは、下記状況を示唆している。
① 各国による賭博に関する独自規制の在り方は、趨勢としては(市場を制限するというよりも)段階的に、よりリベラルに市場を開放する方向に向かいつつあると言っても過言ではない。欧州裁判所や欧州委員会の動きはこの方向性を加速化している。
② インターネットを経由する、あるいはインターネットを利用する様々な賭博種の在り方は今後益々欧州全域において市場を拡大し、活性化することになると想定され、一部の国によるリベラルな開放、認証制度は、時間の問題で他国に波及し、他国の制度を変えることに繋がると想定される。
③ よって、この賭博制度改革の動きは、ドミノ倒し的に、欧州全体を段階的に均一市場へともっていくことに繋がる可能性が高い。
④ かつ現状は限定的なインターネット賭博の利用は、将来的にはカジノを含めた多種多様の賭博種にも適用されることになる可能性が高い。但し、基本は各国独自の規制でサイバー空間を括るという考え方になる(国民に強制はせず、国民の自由な選択肢の中で、できる限り国民を保護するという考えでもあろう)。
尚、かかるネットを通じた賭博行為を規制して認めるという考えは、米国ではまだ一部の分野のみに限定的に認知された考え方でしかない。新たな動向の萌芽は欧州から始まっており、時間の問題でこれが米国にも波及すると考えられる。