拡大EUは経済や通貨の一体化を目指した欧州複数諸国の連合組織で27ヶ国、人口4.97億人を抱える巨大な経済圏を構成する。経済活動を一体化し、様々な制度を共通化し、経済関連規制を緩和することにより、巨大な単一市場を創設することがその本来の目的でもあった。一方このEUの基本原則から若干離れた経済活動も現実には存在し、その一つが賭博行為になる。EU各国における賭博行為は、伝統的に自国の国民、消費者保護を目的に、各国が個別の制度により厳格にこれを規制の対象としていたのが現実でもあった。賭博行為は、欧州条約第42条(域内における自由なサービス提供)の例外として、EU委員会による統一サービス指令による規制の例外事項とされたわけである。一国の公序良俗に関する事項は、各々の国の歴史、文化、慣行や国民の倫理観によっても異なるわけで、国民を保護することは、国の専権事項として、各国別に異なった規制や慣行が存在することがEU内では認められた。よって、商業的賭博行為に係る制度、技術標準、税制等はEU法の規定外となり、EU内部において統一的な規範は存在しない。
EUでは、市場は国毎に地理的に分断され、この意味では「共通」域内市場という考えは、この賭博分野では存在しない。またロッテリーやパリ・ミュチュエル賭博の分野では、国ごとに国営企業が一定の賭博行為の独占権を保持して、これを施行することが実態でもあった。ここには国境の壁が存在するわけで、自由な市場ではない。例えばロッテリーくじを販売する場合、自国民のみならず、隣接する国でも販売することができれば一挙に市場は大きくなり、売り上げは増大するが、隣国では特定の主体のみが独占的に販売できるように国内法により保護されている場合には、他国の事業者は参画できなくなる。昔は、賭博行為とは、特定の場所へ行き、初めてできる目的志向性の強い遊興でもあった。だからこそ国別の規制が有効であったわけである(カジノはカジノ場、競馬は競馬場か場外馬券売り場へ行き、初めて賭博に参加できた)。一方この前提が大きく崩れるのは、コンピューターや情報電子技術の発展とオンライン・インターネットによりかかるサービスが提供できるようになってきたことにある。これにより、この分野では国毎にサービス提供を規制すること自体が、大きな矛盾を抱えることになってしまった。
この事実は、EUを一体市場と見なし、他国市場へ参入しようとしたEU域内の様々なギャンブル運営企業より多くの不平・不満と欧州裁判所(ECJ)への提訴をもたらした。制度や規制が個別の国単位である場合、市場としての一体化はほど遠くなる。所謂陸上設置型の賭博施設の場合には、国境を越える顧客の市場選択行為により、市場における参入規制が非差別的でなければ、大きな問題とはならなかった。かつ一部事業者は汎欧州的な活動を担っており、フランス、ドイツ、オーストリーにおける賭博事業者は自国のみならず、欧州他国でも個別の国の許可を得て、事業を展開している。例外はオンライン賭博事業者になる。彼らには国境の概念はそもそも存在せず、市場アクセスを規制する様々な政府は、自由なサービス提供を阻害する要因以外の何物でもないことになる。この結果、過去十数年間に亘り、ネット賭博に関連し、様々な事業者からEU法違反の提訴が加盟各国や欧州裁判所で生じたり、あるいは逆に一国が国内法違反として、事業者を摘発し、これが欧州裁判所へ持ち込まれたりされる等、様々な形で、欧州裁判所による判例も蓄積されつつあるというのが現状になる。
EU委員会あるいは欧州議会は、現時点では、商業的賭博行為に関して、何らかのEU統一規制を設けるという考えをとっていない。各国の経済的利害や事情を何らかの統一的規範で律したり、調整したりすることが極度に難しい分野になるためでもあろう。一方、欧州裁判所を舞台に賭博を国内法で個別に規制する事に関して訴訟が提起されたが、これに関しては明確な判例があり、この考えが市場にて着している(1999年9月21日、C-124/97事案)。議論となったのは、一国が賭博行為を規制することによる社会にとっての公益とは何かという事であった。判例は、①倫理、宗教、文化的理由、②不正、その他の犯罪防止、③個人/社会への影響度軽減、④顧客保護、⑤公序良俗の保持、⑥過度の射幸心を煽る賭博行為の防止等を理由とした場合、各国政府による独自の規制は正当化されるとした。この判例に従い、賭博行為は、国単位で個別にこれを規制し、管理することが欧州法では認められている。勿論これに反して、何らかの統一的規制を設けるべき、あるいは賭博市場自体を各国の規制から開放すべきという意見も常にあるのだが、支配的な意見とはなっていない。尚、この背景には、各国にとっての課税権の問題や、一部の国にとっては特定公益主体による市場独占の問題等のセンシテイブな側面もある。一方、オンライン賭博という限定的な分野に関しては、後述するように、上記原則は一部崩れつつある。