新たにゲーミング賭博を実施する国や地域においては、国民や市民の間で、かかる施設を設けた場合、①必ず犯罪の増加に繋がる(犯罪が増える)のではないかとか、②公共の秩序や風紀、風俗環境が確実に乱れるのではないかという懸念や議論が生じる。日本と同様に米国においてもかかる議論があった。もっとも日本人の感覚は、既存の公営賭博に群がる一定の顧客層や、これらが周囲にもたらす環境変化、あるいは現実に存在する組織暴力団などとの連想で、かかる議論がなされることが多い。米国の場合にも類似的な側面があり、やはり、マフィアや組織暴力団が過去、介在していたという歴史的事実や、現実にある、あるいは過去存在した様々な違法行為の連想で、犯罪との関わりを懸念する議論が生じることが常となる。
では、現実に存在するゲーミング・カジノ施設において、それが無かった状況と比較し、犯罪は本当に増えているのであろうか。クリントン政権時に、連邦議会が創設した「米国ゲーミング影響度評価委員会」(NGISC National Gaming Impact Study Commission)による1999年の報告書は「カジノの存在は、犯罪発生に関し、統計的に顕著な影響を与えているとはいえない」と断じており、一般論としてカジノと犯罪の増加を結びつける証拠は無いとしている。2005年連邦FBIが米国内の17,000ヶ所の公安・警察関連機関から収集したデータによると、ラスベガス市都市区域において、同年度同市を訪問した3,850万人の旅行者を含んだ形での犯罪行為は、その他の主要な米国観光地(マイアミ、オーランド、フェニックス等)と比較しても低いことが確認されている(FBI「2005年米国における犯罪」)。2000年に米国司法協会が資金を拠出して、実施された研究においても、「カジノ自体が犯罪に対し、何らかの一般的な効果ないしは劇的な効果をもたらしている兆候はない」とし、2005年にミシガン州・州立大学がデトロイト市の犯罪調査をした報告書では、(カジノが存在する)デトロイト市ダウン・タウンの犯罪発生率は、全米平均、ミシガン州平均、ミシガン州都市区域の平均のどれよりも低いとしている。過去10年間に亘り、米国では、様々な統計調査や学術的調査が為されてはいるが、これら各種データによっても、少なくともゲーミング・カジノ、即ちカジノ・タイプの賭博施設の新たな設置と当該地域における犯罪の増加の間に、直接的に因果関係があることは証明されていない。来訪客が増え、一定の集客施設がある場合、瞬間的には特定地域における人口が増え、密集していることになり、かかる状況を利する一般的な犯罪行為は確かにありうる。但し、これ自体は如何なる大都市、観光地、集客施設にも同様に現れる事象でもあり、そこにカジノ施設ができたから犯罪が増えたということにはならないことになる。
これには下記事情も寄与しているのではないかと想定されている。
① ゲーミング・カジノ施設のセキュリイテイー(警備)や監視は他の集客施設と比較した場合、格段に厳格となる。場内秩序維持のための警備員の配置、不正や秩序を監視するための全域ビデオ監視の仕組み等は、通常の集客施設と比較した場合、その内容、質は極めて緻密であり、他に類を見ない。かかる体制が取られていることにより、犯罪行為が生じにくい環境を生み出している。あるいは犯罪行為を抑止する効果がある。
② 規制の仕組みや監視・管理の仕組みが何層にも巡らされ、全ての行動が監視の対象となるために、犯罪行為が露見しやすい仕組みを構成している。カジノが設置してある地区、例えばラスベガス市などは、他の米国都市と比較した場合、犯罪の検挙率が極めて高い(捕まる確率が高い場合、犯罪はペイしなくなる。ペイしなければ悪事をする意味が無くなる)。
③ 地域社会に与える経済的社会的便益が地域社会に対して犯罪活動の効果的な抑止効果をもたらしている。集客施設は多様な雇用や経済的な便益を地域社会にもたらしており、社会不安ではなく、雇用や消費等地域社会に経済的安定をもたらし、これが犯罪の抑止効果に寄与している側面がある。
即ち、適切に管理、運営されている限り、ゲーミング・カジノ施設における犯罪は抑止されていると共に、少なくともこれら施設を設置したという事実に基づき、従前に比して犯罪が増えたという事実は米国では存在しない。勿論一部、賭博反対派の論文等の中には、犯罪は増えているという指摘もあるのだが、前提の置き方や考え方により、条件が変わるため、必ずしも議論がかみ合っていないのが現実である。