我が国において認められている賭博行為は、その施行収益を公益の為に用いるという前提のもとに、適切な規制や監視、運営がなされれば、悪や不正を防止できるという考えに基づき存在してきた。基本的には施行がもたらす様々な経済的メリットが、潜在的な賭博行為がもたらすデメリットを凌駕するという考え方でもあろう。もっとも伝統的な我が国の賭博法制の考え方は、賭博行為がもたらすデメリットや社会的危害を専ら公序良俗の乱れとしてのみ認識する制度的前提をとっている。賭博行為がもたらす社会的危害とは、主に、1)未成年者が賭博行為に関与する、あるいは賭博行為の存在自体が未成年者に教育上好ましくない効果をもたらすこと、2)好ましくない主体の参入や参加により公序良俗や健全なる社会環境が保持できないリスクがありうることと共に、3)社会的病理となる賭博依存症患者をもたらしてしまうことの三つになる。この内、我が国公営賭博制度では1)と2)に関しては、極めて神経質的な議論が生じ、制度としての対応もなされているのだが、3)に関しては過去真剣な議論の対象になったことも無く、制度的にもこの対応はなされておらず、そもそも問題の認識すらないというのが現実になる。
本来、これら問題は同等に扱い、制度の中で何らかの措置が定められるべき共通的な課題でもある。上記の内、2)は制度の根幹となる規律の問題となる。1)、3)は、社会的弱者に対する保護や施策とでもいうべきで、1)は注目を浴びるのだが3)はあまり配慮がなされない分野になってしまう性向がある。ややこしいのは、これら各々の問題には、規制や制度で対処できる側面と、対処できにくい側面の二つがあることにある。例えば、2)の不正やいかさま、悪や組織悪をカジノから排除することは、厳格な制度や規制を設けることによりまず完璧に問題の根を絶つことができる。かつこの面での厳格な制度の運用も期待できる。一方、1)、3)の問題は、具体的な対応施策としては、そのあるべき方向性が整理されているとは言い難い状況にある。
この内、未成年者賭博の問題は、基本的には、制度上未成年者の制限区域への立ち入り、賭博行為への参加を禁止とし(制度上の欠格者としての規定)、入場に際し、本人確認を義務づけると共に、施行者に対し、未成年者を入場させない義務と違反の場合の厳罰を設けることにより、殆どその問題の根を断つことができる。これにより、入場時点で完璧に未成年者の排除が可能になる。かつ複数の監視の目が場内の禁止区域を常に監視しているはずでもあり、安易な形で未成年者が入ることができないのが本来のカジノ施設の実態であろう。この原則はわが国の公営賭博や遊技でも類似的なのだが、わが国の既存の制度における問題は、監視が徹底されず、法の執行が厳格になされていないことにある。施行に関与する主体の自覚と責任がまず重要である。かつ、監視や法の執行を厳格にすれば、未成年者は一切施設内には入れず、物理的に未成年者を遮断すれば、現実的には大きな問題が生じることはまずない。最も、カジノの存在自体が、若年層に否定的な影響を与えたり、近親者による賭博行為の問題が、若年層に間接的に悪い影響を与えたりするという可能性は零ではない。このために、当該施設を教育施設や住宅地区より一定の距離をおいて設置させ、できる限り未成年より隔離する、あるいは、過度の広告を禁止したりすることなどが措置されることが諸外国では行われている。また、ネガテイブな行動ではなく、より積極的な行動として、賭博行為のリスクを低学年の学校教育時点から未成年に積極的に教えることにより、判断能力をつけさせ、成人となった場合、あくまでも個人の責任で遊ぶことを教え込むことの方がより効果的な抑止・防止策になるという見解もある。
一方、もう一つの社会的危害となる賭博依存症患者の問題は、優れて個人の内面に係わる問題でもあり、制度や規制により効果的に対処することは難しい側面がある。賭博行為を認めることによる社会的事象として生じるもので、絶対数としては極めて限られるとはいえ、如何なる社会においても、どうしても生じてしまう社会的事象になる。諸外国では、賭博依存症患者は一つの精神疾患として認識されており、かかる精神的弱者を救済する社会的なセフテイー・ネットを賭博制度構築の際、同時的に構築し、制度の中に取り込むことが常識となりつつある。因みに我が国においても公営賭博や遊技にのめりこみ、賭博依存症となっている社会的弱者は存在するが、制度的にも問題が認知されておらず、かつ正確な統計データもなければ、その存在は無視されているのが現状になる。縦割りで複数省庁が所管する公営賭博制度では、問題の存在を認めてしまえば所管する省庁に責任が生じることから、問題は存在しないと強弁しているのであろう。新たな賭博法制を構築する場合、プラスの側面のみならず、国民が不安視するマイナスの部分にも十分な制度的配慮(規制、制度、支援、及びその体制、これを支える財源の確保)をすべきでもあり、消費者保護・国民保護の観点から、積極的に制度的措置を考慮することが好ましいといえる。2011~2012年における超党派議員連盟における議論では、既存の公営賭博から生じているであろう賭博依存症への無対策が大きな問題となり、新たな賭博制度を構築する過程で、既存の問題への対処も図るという政策的方向が議論の対象となったが、適切な対応といえる。但し、制度的に何をどう措置するのかの具体策は詳細に議論されておらず、今後の課題になる。