経済特区制度とは、小泉政権の時代にできた、規制緩和の手法となるが、この特区制度を利用して、カジノを実現する要望を出した自治体は、特区制度を創設した比較的初期の段階ではかなり存在した。但し、一般法たる刑法の例外規定を経済特区の考えで特例的に認めることは論理矛盾でもあり、全てが否定され、単なる話題提供に終始した。やはり新たな特別措置法で制度化を図るべきというのが、その後の一般的認識ともなった。ところが、平成20年度の特区第15次・地域再生第7次の検討要請として佐世保市、長崎市を中心とした7地方公共団体、二つの民間団体が警察庁、総務省、法務省、国土交通省に対しカジノ実現に必要な法整備として、西九州地域におけるハウステンボス場内で観光外国人を対象としたカジノを設置し、新たな地域再生、地域振興の戦略モデルを構築するため、カジノ設置及びカジノ関連法の制定を求めた。具体的内容としては、刑法35条(正当事由)を根拠に、カジノ関連法を制定することでカジノ特区を実現しようとするものであった(新たに法制度を作ること自体を特区として提案したことになり、問題提起という側面もあったのであろう。公開されていないが、法案、事業スキームを添付し、単なるアイデアでは無いとした提案になる)。もっともこれは同年4月の時点で当時の鳩山邦夫総務大臣が参議院内閣委員会において、「カジノ特区に関しても入り口で拒否するのではなく、大いに議論すべき」との発言があったことに触発されて、かかる動きになったものでもある。考えとしては、既存のリゾート施設となるハウステンボス内で、外国人を対象とした環境共生型の本格的リゾートエリアとしての新たな地域再生・地域振興モデルを構築することにより、22万人の外国人観光客の利用、170億円以上の経済効果、1,700人相当の雇用誘発効果があるとした提案でもあった。
この規制改革要望に関しては、関連省庁より書面によるコメントがなされ、全てネット上で公開されている。総務省、警察庁のコメントは、留意項目を述べたもので、曖昧なコメントに終始している。官僚組織特有の言い逃れでもあろう。内、法務省の回答は、措置の分類はC(不可)、回答としては「刑法第185条及び186条は、社会の風俗を害する行為として規定されているところ、刑罰法規の基本法である刑法を改正して、カジノのみを刑法第185条及び第186条の構成要件から外すことはできない。カジノの特別立法については、法務省が積極的に検討する主体ではないものの、いずれかの省庁においてカジノを法制化する法案を立案することとなれば、その内容について、法務省が個別に、当該省庁との協議に応じる用意はある」としている。
実はこの内容は、この5年前に自由民主党の議連が法務省に書面で意見開示を求めた際の法務省回答と全く同じであって、法務省は、一貫して同じ主張をしていると理解することができる。これが全ての省庁の本音を代弁していると理解することがより、適切でもあろう。問題のポイントは下記に要約できる。
① 一般法である刑法上の規定を、経済特区という手法により、一部区域に限定して、その違法性を阻却することは我が国ではありえない。単なる経済的な規制緩和ではない以上、そもそも特区制度の枠組みとして処理することは制度的にありえないといえる。
② 刑法上の違法性を阻却するためには、このために明確な公益に資する政策目的と公序良俗や地域環境を悪化させない制度的な措置が必要で、かつこれを担保する個別の立法措置が前提となる。このためには、しっかりとした理屈や論理が必要となり、単純な形でカジノの施行が認められること等はあり得ない。
③ 施行数を限定的に実施する、あるいは関与しうる地域数が実質的に限られるという政策を取る場合には、現象的には確かに「特区」的でもあるのだが、適用すべき法は経済特区法ではなく、新たにこのために設けられるべき法律ということになる。これは例え対象が1ヶ所でも必要な措置になる。
法律上の規制を抜くことができれば、カジノは実現できるという安易な考え方をとる人が我が国には多いが、これは賭博制度や賭博行為のあり方があまり認知されていないことによる誤解がその理由と判断される。賭博法制そのものも、我が国にある既存の制度はパリ・ミュチュエル賭博関連法のみであり、この制度をそのまま単純にカジノ法制に類似的に適用することはできない。カジノ法制とは、我が国には未だ無い類型の賭博法制になり、これを想定すること自体が解り辛いという側面もあり、誤解を生むのであろう。尚、2013年6月5日に、松井大阪府知事・橋下大阪市長は、政府が考慮中の国家戦略特区(所謂アベノミクス特区)に関し、「国家戦略特区の創設に向けた提案」を政府に提示すると共に、公表しているが、この中で「統合リゾートの立地実現」を主張している。一見国家戦略特区でカジノ実現できるのかとも思えそうだが、よく見ると、IRの早期法制化を要請し、実現される場合には大阪をと主張しているだけであって、国家戦略特区によりカジノができると考えているわけではない。また、法理として、アベノミクス特区でIRカジノ等できるわけがないのだが、素人的にはできそうに見えてしまう。特区の枠組みとは別に、違法性を阻却できるに足るカジノ立法が存在しなければ、絵に描いた餅でしかない。