対顧客与信(Credit)とは、カジノ・ハウス(施行者、胴元)が顧客に対し、チップを融通することにより、実質的に顧客に対し賭け事のための金銭を貸与する行為である。賭け事とは本来現金をベースにする遊興であって、現金の元手が無いままに、借金により賭け事をすることは、通常好ましい行為ではないとされている。元手が無いままに、のめりこんで巨額の借金のみが残り、後刻返済に苦労するということが起こりうる。勝てばよいが、もし負けた場合、例え後刻精算するにしても、負けた賭博の負債は誰もが返したくないものである。この結果、カジノ・ハウスにとり、最終的に回収できない不良債権となる確率は結構高い。国によっては、顧客に対し、与信をする行為を制度として厳格に禁止する国があると共に、外国人や優良顧客VIPは例外的に認めるが、一般顧客に対しては認めない国、あるいは一切制限や制約は無く、カジノ・ハウスは自らのリスクにより顧客に対し、自由に与信を付与できる国等様々な制度のあり方がある。
カジノ・ハウスにとっては、リスクは高いが、顧客に与信を付与し、例え現金が無くとも遊べることは消費を促し、売上を増やすことになる。一方、顧客の賭博行為を過度に煽ることにも繋がりかねず、野放図に顧客に与信を付すことが果たして適切といえるのかという議論も多い。過半の国においては、通常、顧客に対する与信行為は禁止とし、一方、カジノ・ハウスのリスクにおいて、高額取引顧客となるVIPや外国人VIP等に対しては、便宜を供与することを目的とし、例外的に与信を認めるという制度が基本となっている。外国人VIPや高額取引VIP顧客に与信を認めるのは、これら顧客に対し現金を持たずに来場させ、遊ばせて、後刻精算する形が顧客にとっての利便性は高く、かつ顧客も高額の取引をすることができるという事情による。この様な顧客に対する与信は、通常は、顧客が当該カジノを去った後一定期間内に精算することが基本となり、短期間で決済されることを想定するため金利も付さない(また、担保も取らないこともある)。よってカジノ・ハウスにとっては顧客に対する無担保融資に近いが、金利を付さないため、商業債権の取り立てに猶予を設けているという形式に近い。
このクレジットの実態は、国や地域によっても事情が異なる。米国ネバダ州では売上の過半の顧客が与信をベースにカジノで遊んでいるが、一般客が、手軽に与信を得られる仕組みがあるからである。米国ではクレジット・カードの信用調査と類似的な仕組みで、カジノの遊興に関する支出につき、過去の信用調査記録や銀行口座情報等から24時間以内に、与信のレベルをチェックできる仕組みがある。カジノへ行く前に書面でカジノに申請すると、審査の後に、一定額の与信(credit)を与えてくれる。カジノを訪問し、この範囲内でチップの貸し出しを実行する限りにおいて、現金を持っていく必要はないわけで、勝った場合にはその場で精算、負けた場合には、後刻精算することになる。もっとも具体のチップの貸し出しは、マーカーと呼ばれる貸出確認書にサインをすることで実行されるが、ネバダ州法では、このマーカーは一覧払い小切手と同じ効果を持つと定義されており、チップの代金を小切手で支払うことと同じ法律上の効果がある。即ち、マーカーにサインすることは小切手を振り出すことと同じで、カジノ・ハウスは(顧客からの任意の支払い・送金等が無い場合)マーカーを銀行に取り立てに出せば、顧客の銀行口座から直接引き落とすことができる。もし銀行残高が足りず、マーカーを決済できない場合、残高が無いのに小切手を振り出したということで刑事上は詐欺罪を構成し、かつ民事上も損害賠償請求を受けることになる。勿論これは米国の特殊事情であって、その他の国ではかかる慣行は無い(その他の週、国々では、マーカーと同時に、同額の個人小切手を振り出させ、担保とする慣行がある)。
対顧客与信は高額取引顧客に対する効果的なマーケッテイング・ツールでもある以上、単純に全ての行為を禁止したり、過度にこれを規制したりすることは適切であるとも思われない。米国では慣行がかなり特殊となるため参考とならないが、他の先進諸外国の先例に倣い、わが国においても下記を志向すべきであろう。
① カジノ場内外において一般顧客にチップ、現金等を融通する(与信を与える)行為は原則これ を禁止すべきである。あくまでも、一般顧客に対しては手持ち現金の枠内での遊興に留めさせ、与信を与え、過剰に賭博行為を煽ることが無いようにすることが基本となる(またカジノ場内における施行者以外の第三者による顧客に対する高利貸しは、ローン・シャーキングと呼ばれるが、明確な違法行為で厳罰の対象になる)。
② 例外はカジノ・ハウスが予め身元を確認し、与信可能性を検証した顧客勘定を設定している高額賭け金顧客や外国からのVIP顧客となる。この場合は、カジノ・ハウスのリスクにより任意の額の与信行為、あるいは一種の上限与信枠となるクレジット・ラインを認めるべきであろう。尚、国内VIP顧客の場合には、単純な与信行為になるが、海外に在住するVIP顧客の場合には、最終的な決済は送金、為替等金融行為を伴うことになるため、何をどこまでカジノの施行者に認め、如何なる制度を適用するか、あるいは新たな制度規定を設けるかに関しては、関係省庁との協議が必要になると共に、慎重な検討を要する。
③ 尚、税務会計上の取扱いも整理する必要があろう(クレジットをどう扱うか、売上確定、納付金の対象額、未回収の場合の損金確定処理をどうするか等の問題になる)。